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判例・実務情報

【知財高裁、商標】 「遠山の金さん」の登録商標は、公序良俗違反に該当しないとされた事例 遠山の金さん事件



Date.2014年7月25日

知財高裁平成260326日 平成25(行ケ)10233 遠山の金さん事件

 

・請求棄却

・商標法417号 公序良俗、歴史上の人物名

 

(経緯)

 原告らは,商標登録第4700298号(本件商標:「遠山の金さん」、標準文字)が、商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するとして、無効審判を請求した。しかし、特許庁は本件商標について有効審決をした。本件は、この審決に不服の原告らがその取消を求めて知財高裁に訴えを提起したものである。

 

(審決)

 審決の主な内容は、以下の通りである。

・本件商標をその指定商品について使用した場合,これに接する取引者,需要者は,これを歴史上実在した人物である「遠山(金四郎)影元」を表したものとして看取,理解するというよりは,むしろテレビ番組のタイトル名やその主人公名を表したものとして認識するとみるのが相当である。

 

・本件商標は,我が国で知られた歴史上の人物である「遠山(金四郎)影元」を認識させるものではなく,また,その登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に該当するとはいい得ない。

 

・本件商標は,きょう激,卑わい若しくは差別的な文字又は図形からなるものでなく,その指定商品に使用することが,社会公共の利益,社会の一般的道徳観念に反するものとはいえない。

 

・従って、本件商標は,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標には該当せず,商標法4条1項7号に該当しない。

 

(争点)

1.取消事由1 事実認定の誤り

2.取消事由2 417号該当性の判断の誤り

 

(裁判所の判断)

1.取消事由1(事実認定の誤り)

・「遠山景元」と「遠山の金さん」との同一性

 裁判所は、「遠山景元」と「遠山の金さん」との同一性につき、「江戸時代後期に実在した遠山景元は,江戸町奉行等を歴任し,名奉行として賛辞されていたことまでは認められるものの,その具体的な呼称や仕事ぶりは不明な点が多く,現時点で「遠山の金さん」につき抱かれているストーリー,すなわち,桜吹雪の刺青を肩に彫った名奉行の遠山金四郎が,江戸の町中で「金さん」として遊び人に扮していたときに悪事を目撃した際に示した桜吹雪が,その後の白州での裁判時に決定的な証拠となって悪党を懲らしめて活躍するというストーリーと,必ずしも一致しているとは認められない。」などと述べ、「「遠山の金さん」は,あくまでも「遠山景元」をモデルとした人物を主人公としたテレビ番組のタイトル名や主人公名と認められ,モデルが存在する点において必ずしも架空の人物ということはできないとしても,歴史上実在した人物そのものではなく,その限度で審決の認定判断に誤りはない。」と判断した。

 

・「遠山の金さん」という呼称の指すもの

 「遅くとも昭和の初期から,歌舞伎や演劇等において,「遠山景元」という登場人物を指して「遠山の金さん」と呼ぶことがあったと認められるが,これも映画等の主人公の呼称として知られたことによる影響であって,当然に歴史上の人物である「遠山景元」を指したものとは認められない。」とした。

 

2.取消事由2(417号該当性の判断の誤り)

・本件出願の剽窃性の有無

 裁判所は、本件出願について、商標権者である被告は剽窃的に行ったものではないとの判断をした。

 その理由として、裁判所は、商標権者である被告が①昭和25年以降,「遠山の金さん」と呼ばれる主人公が登場する映画を多数作成し,昭和45年以降は,同名のテレビ番組を長期間にわたって多数制作してきたこと、②「遠山の金さん」の呼称やイメージを一般大衆に広めることに一定の寄与をした立場にあることを挙げている。

 

・「遠山の金さん」の利用状況と本件商標による影響

 先ず、「遠山の金さん」の利用状況については、被告以外の同業他社によりテレビドラマのタイトルや台詞での利用,歌舞伎や講談等での台詞等での利用,地方公共団体による遠山景元に関する史跡や文化財での利用を認めている。

 しかしながら、「そもそも,「遠山の金さん」がテレビ番組のタイトル名ないし主人公名にすぎないことからすると,本件指定商品における本件商標の使用によって,「遠山景元」という歴史上の人物の名前を独占できるかという公益性のある社会的問題が生じる余地」はないとして、本件商標の出願・使用により公益が損なわれることは想定し難いと判断した。

 

・本件出願の経緯,目的,理由

 本件出願の目的については,本件商標の出願・使用により公益が損なわれることが想定されないことを理由に、公益事業を不当に制約することにあったわけではないと判断した。

 また,本件出願は、被告が「遠山の金さん」という語を商標登録出願することにより,形成してきたその信用や顧客吸引力を保護しようとするものであり,そのこと自体は商標制度の本質からして非難できるものでもないとした。

 

・遺族の名誉感情,国民感情

 この点について、裁判所は、本件商標「遠山の金さん」があくまでも遠山景元をモデルとして作り出された主人公名にすぎないことから、そもそも遠山景元の遺族感情や同人に関する国民感情を問題にする余地はないとした。

 

・本件商標の禁止権の範囲

 本件商標の法的,社会的影響について,裁判所は公益的事業自体に支障が生じるとは考えにくいと判断した。

 この点に関し、例えば、遠山景元と関連のある公的機関・団体が「遠山の金さん」という標章を付しておもちゃ・人形等の土産物や観光物品を作成する場合には、一定の支障が生じるおそれがある。

 しかし、裁判所は、①公益性ある文化事業に付随した営業行為に当然に公益性があるとはいえないこと、②史跡での紹介等への利用自体は本件指定商品からすれば除外されていること、③本件指定商品に含まれる土産物や観光物品に「遠山景元」という歴史上の人物の名称を使用することまで制約されるわけではないことを理由、公益的事業等への影響は,限定的なものにとどまると判断した。

 

 以上から、本件商標については、417号に該当しないとして、原告の請求を棄却した。

 

(判決文)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140403150224.pdf