E

判例・実務情報

【知財高裁、特許】 均等論に関する知財高裁大合議判決(マキサカルシトール事件)



Date.2016年5月14日

知財高裁 平成28325日判決 平成27()10014号 マキサカルシトール事件(原審 東京地裁平成25()4040号)

 

・控訴棄却

・DKSHジャパン株式会社、岩城製薬株式会社、高田製薬株式会社、株式会社ポーラファルマ 対 中外製薬株式会社

・均等論 第1要件(発明の本質的部分) 第5要件(特段の事情)

 

(経緯)

 被控訴人の中外製薬株式会社は、「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」に関する特許権(特許第3310301号)の共有特許権者であり、被控訴人らが販売等する製品が、本件特許発明と均等の方法により製造されたものであるから、本件特許権を侵害するとして、東京地裁に訴えを提起した。

 原審は,控訴人方法が本件特許発明と均等であることを認め,また,本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないと判断して,被控訴人の請求を全部認容した。本件は、この判決に不服の控訴人ら(原審被告ら)が控訴したものである。

 

(本件訂正発明)

 本件訂正発明は、下記の通りである。

A-1 下記構造を有する化合物の製造方法であって:

 

 

 

 

A-2 (式中,nは1であり;

A-3 R1およびR2はメチルであり;

A-4 WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;

A-5 YはOであり;

A-6 そしてZは,式:  

 

 

 

 

 

 

のステロイド環構造,または式:

 

 

 

 

 

 

 

 

のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)

B-1 (a)下記構造:

 

 

 

 

 (式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである)を有する化合物を

B-2 塩基の存在下で下記構造:

 

 

 

 

 

 

 

 

(式中,n,R1およびR2は上記定義の通りであり,そしてEは脱離基である)

を有する化合物と反応させて,

B-3 下記構造:

 

 

 

 

 

を有するエポキシド化合物を製造すること;

C (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること

;および

D (c)かくして製造された化合物を回収すること;

E を含む方法。

 

(争点)

 本件の争点は、以下の通りである。

(1)控訴人方法が本件特許発明と均等なものとして,同発明の技術的範囲に属するか否か

(2)本件特許発明についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か

 

(裁判所の判断)

 裁判所は、上記(1)の均等の成否については、控訴人方法が本件特許発明と均等なものであり、同発明の技術的範囲に属するとし、上記(2)の無効の抗弁については、本件特許が無効にされるべきものではないとして、本件特許権の侵害を認めた。これらのうち、上記(1)の均等の成否について、裁判所は以下の通り判示している。

 

(1)均等の第1要件(非本質的部分)

 先ず、特許発明の本質的部分について、裁判所は、「特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。」から、当該本質的部分は、「従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。」とした。

 また、本質的部分は、「特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべき」であるとした。

 さらに、比較の対象となる従来技術は、明細書記載のものと述べた。そして、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,それ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される、とした。

 

 もっとも、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきとし、そのような場合には、「特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。」とも述べた。

 

 また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではないとして、いわゆる西田説を採用しないことを明確にした。

 これにより、対象製品等との相違部分が本質的部分あるか否かの判断においては、あくまでも特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかで判断することになり、対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならないことが明らかとなった。

 

 その上で、本件特許発明について、裁判所は、従来技術にはない新規な製造ルートによりその対象とする目的物質を製造することを可能とするものであり,従来技術に対する貢献の程度は大きく、また、訂正明細書における従来技術の記載が,客観的に見て不十分であるとも認められないと認定した。

 さらに、本件特許発明の本質的部分について、裁判所は、「ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物を,末端に脱離基を有する構成要件B-2のエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより,一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖を導入することができるということを見出し,このような一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造又はステロイド環構造という中間体を経由し,その後,この側鎖のエポキシ基を開環するという新たな経路により,ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能とした点にある」とした。

 

 控訴人方法の第1要件の充足に関し、控訴人方法は、本件特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を備えていると判断した。また、控訴人方法は、本件特許発明と比較して、出発物質及び中間体の「Z」に相当するビタミンD構造がシス体ではなく、トランス体であったが、これらは、そもそも本件特許発明の本質的部分ではないことから、結論として、控訴人方法は第1要件を充足すると判断した。

 

(2)均等の第2要件(置換可能性)

 均等の第2要件(置換可能性)について、裁判所は、訂正発明における出発物質及び中間体を,控訴人方法における出発物質及び中間体と置き換えても,訂正発明の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏するか否かの観点から判断した。

 すなわち、本件特許発明の第2要件における作用効果は,ビタミンD構造の20位アルコール化合物を,末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物と反応させて,それにより一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体を経由するという方法により,マキサカルシトールを製造できる点にあり、本件特許発明におけるシス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体を,控訴人方法におけるトランス体のビタミンD構造の出発物質及び中間体と置き換えても,訂正発明と同一の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏しているとして、控訴人方法は第2要件を充足すると判断した。

 

(3)均等の第3要件(置換容易性)

 「控訴人方法の実施時(本件特許権の侵害時)において,訂正発明の目的物質に含まれるマキサカルシトールを製造するために,訂正発明の出発物質における「Z」として,シス体のビタミンD構造の代わりに,トランス体のビタミンD構造を用い,この出発物質Aを,訂正発明の試薬と同一の試薬Bと反応させて,トランス体である以外には訂正発明の中間体と異なるところがない中間体Cを生成すること,中間体Cの側鎖のエポキシ基を開環してマキサカルシトールの側鎖を有するトランス体である物質Dを得ること,最終的には物質Dに光照射を行いシス体へと転換し,水酸基の保護基を外して,訂正発明の目的物質と同じマキサカルシトールを製造するという控訴人方法は,当業者が訂正発明から容易に想到することができたものと認められる。」と判示した。

 

(4)均等の第4要件(容易推考性)

 裁判所は、原判決を引用して、第4要件の充足を認容した。

 

(5)均等の第5要件(特段の事情)

 ボールスプライン最高裁事件は、「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側において一旦特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないから,このような特段の事情がある場合には,例外的に,均等が否定されることとなる」としている。

 この点に関し、裁判所は、本判決で「特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。」と判示した。

 

 その理由について、裁判所は、以下の通り述べている。

①出願時に容易に想到することができたことのみを理由として,一律に均等の主張を許さないとすると、特許発明の実質的価値の及ぶ範囲が、これと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及ばなくなる。

 

②先願主義の下では,出願人に対し,限られた時間内に,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷である。その一方、第三者は,特許の有効期間中に,特許発明の本質的部分を備えながら,その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを,特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくないという状況がある。そのため、出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。

 

 但し、裁判所は、例えば,出願人が明細書において他の構成による発明を記載しているときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには、出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとして、第5要件における「特段の事情」に当たると判示している。

 

 その上で、本件について、裁判所は、訂正明細書中には,訂正発明の出発物質をトランス体のビタミンD構造とした発明を記載しているとみることができる記載はなく,その他,出願人が,本件特許の出願時に,トランス体のビタミンD構造を,訂正発明の出発物質として,シス体のビタミンD構造に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認めるに足りる証拠はないとして、第5要件の充足も認めた。

 

(参照元) http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/769/085769_hanrei.pdf