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判例・実務情報

【最高裁、特許】 プロダクト・バイ・プロセス・クレーム解釈に関する最高裁判決(プラバスタチンNa事件)



Date.2015年6月12日

平成2765日 最高裁判所第二小法廷 プラバスタチンNa事件(平成24()1204、平成24()2658)(原審:知財高裁大合議 平成240127日判決 平成22()10043号)

 

・破棄差戻し

・特許法701項、36条6項2号、プロダクト・バイ・プロセスクレーム、特許発明の技術的範囲の確定、発明の要旨の認定、明確性

 

(経緯)

 上告人(控訴人)は、「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物」の特許発明(特許第3737801号)に関する特許権を有している。

 被上告人(被控訴人)は、高脂血症、高コレステロール血症等に対する医薬品である「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」(被告製品)を、日本国内において、業として販売していた。

 上告人は、被上告人の製造販売及び輸入販売に係る医薬品が、上告人の特許権を侵害するとして、その差止め等を求めて東京地裁に訴えを提起した(平成22年3月31日判決 平成19年(ワ)35324号)

 

 一審の東京地裁では、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(以下、「PBPクレーム」という。)形式で記載された本件発明の技術的範囲の確定においては、製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであり、被上告人の医薬品は本件発明の構成を充足するとは認められないとして、上告人の請求を棄却する判決をした。

 

 一審の判決に不服の上告人は、その取消しを求めて知財高裁に控訴した。知財高裁は大合議において、本件発明の技術的範囲は本件製法要件によって製造された物に限定されるとし、被上告人の医薬品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断した。また、本件特許は、先行技術文献に記載された発明および技術常識によって、当業者が容易に想到し得た発明であり、無効にすべきものであると判断した(平成240127日判決 平成22()10043)

 

 本件は、知財高裁の大合議判決に不服の上告人が、その取消を求めて最高裁に上告したものである。

 

(控訴審の判断)

1.特許発明の技術的範囲の確定

 

 控訴審の知財高裁大合議は、PBPクレーム形式で記載された特許発明の技術的範囲の確定に関し、以下の様に判示し、原則、製法限定説を採用した。

 

「当該発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって、特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて、他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。」

 

 その上で、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは(いわゆる真正PBPクレームであるとき)、製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶとして、物質同一説により技術的範囲が確定されると判示した。

 

「もっとも、本件のような「物の発明」の場合、特許請求の範囲は、物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには、発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして、その物の製造方法によって物を特定することも許され、法36条6項2号にも反しないと解される。

 そして、そのような事情が存在する場合には、その技術的範囲は、特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても、製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと解釈され、確定されることとなる。」

 

2.発明の要旨の認定

 

 また、PBPクレーム形式で記載された発明の要旨認定に関し、知財高裁大合議は、真正PBPクレームの場合には、物質同一性により要旨認定がなされ、不真正PBPクレームの場合には、製法限定説により要旨認定がなされると判示した。

 

「前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により、①発明の対象となる物の構成を、製造方法によることなく、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは、その発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、②上記①のような事情が存在するといえないときは、その発明の要旨は、記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。」

 

(最高裁の判断)

1.特許発明の技術的範囲の確定(平成24()1204

 

 最高裁は、PBPクレーム形式で記載された特許発明の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解すると判示した。

 

「願書に添付した特許請求の範囲の記載は,これに基づいて,特許発明の技術的範囲が定められ(特許法70条1項),かつ,同法29条等所定の特許の要件について審査する前提となる特許出願に係る発明の要旨が認定される(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集第45巻3号123頁参照)という役割を有しているものである。そして,特許は,物の発明,方法の発明又は物を生産する方法の発明についてされるところ,特許が物の発明についてされている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物であれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。

 したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。

 

 但し、最高裁は、PBPクレーム形式の記載が36条6項2号の明確性要件を満たすためには、「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる」と判示し、そのような事情が存在しない場合には、明確性要件違反になるとした。

 

物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。

 

 尚、その理由について、最高裁は、下記の通りに述べている。

 

(2) ところで,特許法36条6項2号によれば,特許請求の範囲の記載は,「発明が明確であること」という要件に適合するものでなければならない。特許制度は,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものであるところ(特許法1条参照),同法36条6項2号が特許請求の範囲の記載において発明の明確性を要求しているのは,この目的を踏まえたものであると解することができる。この観点からみると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,これにより,第三者の利益が不当に害されることが生じかねず,問題がある。すなわち,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。

 他方,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが,その具体的内容,性質等によっては,出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすることに鑑みて,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。そうすると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法を記載することを一切認めないとすべきではなく,上記のような事情がある場合には,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても,第三者の利益を不当に害することがないというべきである。」

 

 そして、最高裁は、本件について、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,そのような特許請求の範囲の記載を一般的に許容しつつ,その特許発明の技術的範囲は,原則として,特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して確定されるべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」とし、本件特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たすか否か、審理を尽くさせるために,本件を原審に差し戻すと判示した。

 

2.発明の要旨の認定(平成24()2658

 

 最高裁は、PBPクレーム形式で記載された発明の要旨認定についても、特許発明の技術的範囲の確定の場面と同様、当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として認定されるものと解すると判示した。

 

「願書に添付した特許請求の範囲の記載は,これに基づいて,特許発明の技術的範囲が定められ(特許法70条1項),かつ,同法29条等所定の特許の要件について審査する前提となる特許出願に係る発明の要旨が認定される(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集第45巻3号123頁参照)という役割を有しているものである。そして,特許は,物の発明,方法の発明又は物を生産する方法の発明についてされるところ,特許が物の発明についてされている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物であれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。

 したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その発明の要旨は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として認定されるものと解するのが相当である。

 

 さらに、最高裁は、本件でも、PBPクレーム形式の記載が36条6項2号の明確性要件を満たすためには、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られ、そのような事情が存在しない場合には、明確性要件違反になると述べている。

 

 そして、最高裁は、本件について、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,そのような特許請求の範囲の記載を一般的に許容しつつ,その発明の要旨は,原則として,特許請求の範囲に記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」とし、本件特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たすか否か、審理を尽くさせるために,本件を原審に差し戻すと判示した。

 

(コメント)

 知財高裁大合議判決では、PBPクレームを真正なものと不真正なものに分類し、両者を区別する基準を定立した。即ち、物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する場合には、真正PBPクレームであると認定し、その発明の要旨ないしは技術的範囲はクレームに記載された製造方法に限定されることなく、「物」一般に及び、そのような事情が存在しない場合には、クレームに記載された製造方法によって製造された物に限定されるとした。

 

 今回、最高裁は、特許法1条及び36条6項2号の規定から、PBPクレームは明確でなければならないとした。そして、その基準として、最高裁は、新たに「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情の存在」という基準(以下、「不可能非実際的基準」)を示した。

 この不可能非実際的基準がどのようなものであるかについては、今のところ明確ではないが、千葉勝美判事の補足意見によれば、「不可能」とは,出願時に当業者において,発明対象となる物を,その構造又は特性(発明の新規性・進歩性の判断において他とは異なるものであることを示すものとして適切で意味のある特性をいう。)を解析し特定することが,主に技術的な観点から不可能な場合をいうとしている。また、「およそ実際的でない」とは,出願時に当業者において,どちらかといえば技術的な観点というよりも,およそ特定する作業を行うことが採算的に実際的でない時間や費用が掛かり,そのような特定作業を要求することが,技術の急速な進展と国際規模での競争の激しい特許取得の場面においては余りにも酷であるとされる場合などを想定していると述べている。

 いずれにしろ、今後は、PBPクレームが不可能非実際的基準に適合しないと判断された場合には、明確性要件違反になることから、PBPクレーム形式での記載については拒絶ないしは無効とされる可能性が高まったといえる。

 

 尚、現行の審査基準は、「発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、物性等により直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるとき」は、PBPクレーム形式での記載を許容している(審査基準第Ⅰ部第1章2.2.2.4(2)①(ⅰ))。しかし、今回、最高裁は不可能非実際的基準を示したことで、審査基準も変更されるものと考えられる。

 

(判決文)http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/145/085145_hanrei.pdf

     http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/144/085144_hanrei.pdf