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判例・実務情報

【大阪地裁、特許】 特許発明の本質的部分の判断においては、出願時の先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定すべきとされた事例



Date.2011年12月27日

平成23年10月27日判決 平成22(ワ)3846号 送受信線切替器事件


・請求棄却

・パナソニック電工株式会社 対 アライドテレシス株式会社

・均等論、発明の本質的部分


(経緯)

 原告のパナソニック電工株式会社は、「送受信線切替器」の特許発明(第2530771号)に関する特許権者である。

 被告のアライドテレシス株式会社は、自動MDI/MDI-X構成を備えた被告製品を製造販売した。

 原告は、被告が被告製品を製造販売する行為が本件特許権を侵害するものであるとして、不当利得に基づく利得返還を求め、大阪地裁に訴えを提起した。


(本件発明)

 本件発明は以下の通りである(分説は、原告の主張によるもの)。

A IEEE802.3規格の10BASE-T に準拠するツイストペア線を使用したネットワークにおいて、MAU 又はDTE に接続される送受信線を切り替えるための切替器であって、

B① 信号線の接続を検査するために送信器から受信器に伝送されるリンクテストパルスを検出する

 ② リンクテストパルス検出手段と、

C① リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して

 ② 信号線を切り替える

 ③ 信号線切替制御部とを備えることを特徴とする

D 送受信線切替器。


(被告製品)

 被告製品は以下の通りである(但し、下記は原告が主張する被告製品の構成)。

a 10BASE-Tに準拠するツイストペア線を使用したネットワークにおいて、MAU 又はDTE に接続される送受信線を切り替えるための切替器を備えたスイッチングハブ、ルータ、アクセスポイント、LAN アダプタである。

b① 信号線の接続を検査するために、被告製品に接続される機器から被告製品に伝送される、リンクテストパルスを検出する、

 ② リンクテストパルス検出手段を有する。

c① リンクテストパルス検出手段の検出結果から、被告製品に接続される機器のツイストペア線の信号線が、送信線か受信線かを判断する。すなわち、リンクテストパルスが入力されない通信未確立の状態では、MDI モードとMDI-X モードとの間をランダムな時間間隔で繰り返し遷移し、被告製品と接続される機器のツイストペア線の信号線のいずれが送信線でいずれが受信線かの判断は行われない。これは、前提事実(4)カの図におけるLink_Det=FALSE(リンクテストパルス未検出)によって遷移する赤枠の状態である。ところが、リンクテストパルスが入力され、該リンクテストパルスがリンクテストパルス検出手段において検出された時点(上図におけるLink_Det=TRUE)で、該リンクテストパルスが検出された方のツイストペア線の信号線を送信線と判断し、もう一方の信号線を受信線と判断する。

 ② その判断結果に基づき該「送信線」に対応する被告製品に接続された信号線(「1、2ピン」若しくは「3、6ピン」)を被告製品の「受信器」に、もう一方の「受信線」に対応する被告製品に接続された信号線(同上)を被告製品の「送信器」に接続し、通信を確立する処理が行われる。すなわち、リンクテストパルスの検出をトリガーとして、接続される通信機器の種別や信号線の種類を判断し、正常な通信伝送ができる状態「MDI モード」ないし「MDI-X モード」に被告製品の信号線接続状態を切り替える。

 ③ 以上の信号線切替制御部を備える。


(争点)

 主な争点は、以下の通りである。

(1) 被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか。

(2) 被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか。


(裁判所の判断)


(1)
 被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか。

 本件発明の構成要件C①~③を、被告製品が充足するか否かが問題となった。

 被告製品に関し裁判所は、DTEと接続する場合はストレートケーブル、MAUと接続する場合はクロスケーブルによるべきところ、ケーブルの選択を誤った際には、これを自動的に修正しようとする点で、本件発明と課題およびその奏する効果が共通していることは認めた。しかし、被告製品は、切替えの手段についての技術的思想において本件発明と異なると判断した。

 すなわち、被告製品では、リンクテストパルスを検出するまでは、MDIモードとMDI-X モードとの遷移を繰り返し、リンクテストパルスを検出した時点で正しい接続状態となったことが判明し、上記遷移を停止して、接続を確定するものであった。しかし、リンクテストパルスを検出した後に、誤った接続を修正するために、切り替えるという動作はしないものであった。

 一方、本件発明においては、MAUとDTEとのいろいろな組合せにおける接続に際し、正しいケーブルを選択した場合は、リンクテストパルスの検出により、送信線か受信線かを判断し、その結果、正しい接続であると判断するため、信号線を切り替えることはしないが、送受信線の判断の結果、誤った接続であると判断した場合は、信号線の接続を物理的に切り替えるものであった。そのため、被告製品と本件特許発明では、課題を解決するための具体的方法(作用)は異なっていた。

 以上より、裁判所は、被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足しないとの判断をした。


(2)
 被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか。

 原告は、構成要件C①及び②の「信号線を切り替える切替制御部」が、被告製品においては、リンクテストパルスの検出結果から「送信線か受信線かを判断」し、「信号線が周期的に切り替わる動作を止めストレート接続かクロス接続かのいずれかに接続状態を確立させる制御部」に置換されており、当該置換部分は本件発明の本質的部分ではないとして、均等であるとの主張をした。

 裁判所は、先ず、特許発明の本質的部分について、以下の通り判示した。

「特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分、言い換えれば、上記部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解される。

 そして、本質的部分に当たるかどうかを判断するに当たっては、特許発明を特許出願時における先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか、それともこれとは異なる原理に属するものかという点から判断すべきものである。」

 その上で、本件においては、

・本件発明の構成要件AおよびBが周知技術である点について、当事者間に争いがないことから、構成要件Cが本件発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分であること、

・本件特許発明の課題の解決手段における特徴的原理は、「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断」した後に「信号線を切り替える」というものであること、

・これに対し、被告製品は、「ストレート結線とクロス結線とをランダムな時間間隔で繰り返し遷移させた上、リンクテストパルスが検出された時点で、この遷移を停止させる構成」を採用したものであること、

・課題解決手段の原理は、本件特許発明が検査結果に基づいて信号線を自動的に切り替えるというものであるのに対し、被告製品は検査結果に基づいて信号線の切替えをやめるというものであり、原理が異なること、

等を根拠に、本件発明と被告製品との異なる部分である構成要件Cは本件発明の本質的部分であり、被告製品は本件発明と均等なものとはいえないと判断した。

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111102093507.pdf