E

判例・実務情報

(知財高裁、特許) 医薬の用途発明 サポート要件を満たすために、薬理データ等の記載が常に必要となるわけではない。



Date.2010年12月17日

 平成21(行ケ)10033 性的障害の治療におけるフリバンセリンの使用事件 判決日:平成22年01月28日  

 

・請求認容 

・特許法36条4項1号、36条6項1号、実施可能要件、サポート要件 

・ベーリンガー インゲルハイムファルマ ゲゼルシャフト ミットベシュレンクテル ハフツング ウント コンパニー コマンディトゲゼルシャフト 対 特許庁長官

 

 特許庁は、本件の拒絶査定不服審判に於いて、医薬についての用途発明に於いては、薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載により、用途の有用性が裏付けられている必要があり、本願明細書には、フリバンセリンの医薬用途をおける有用性を裏付ける記載がないとして、サポート要件違反による拒絶審決をした。

 

 原告が主張する取消事由は、サポート要件についての解釈の誤り、および本願特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たさないとした認定の誤りである。

 このうち前者については、医薬の用途発明において「薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすること」との要件が、知財高裁平成17年(行ケ)第10042号(偏光フィルムの製造法事件)*1の趣旨を逸脱するものであるとの主張や、36条6項1号の要件の内容を、36条4項1号と同一であると解釈した誤りがあるとの主張などをしている。

 

 知財高裁は、先ず、サポート要件の判断について、以下の通り判示した。

 

「(2) 法36条6項1号への適合性判断について 

 「特許請求の範囲の記載」が法36条6項1号に適合するか否か,すなわち「特許請求の範囲の記載」が「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」か否かを判断するに当たっては,その前提として「発明の詳細な説明」がどのような技術的事項を開示しているかを把握することが必要となる。そして,法36条6項1号の規定は,「特許請求の範囲」の記載に関してその要件を定めた規定であること,及び,発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除するために設けられた規定であることに照らすならば,同号の要件の適合性を判断する前提としての「発明の詳細な説明」の開示内容の理解の在り方は,上記の点を判断するのに必要かつ合理的な方法によるべきである。他方,「発明の詳細な説明」の記載に関しては,法36条4項1号が,独立して「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の・・・技術上の意義を理解するために必要な事項」及び「(発明の)実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載した」との要件を定めているので,同項所定の要件への適合性を欠く場合は,そのこと自体で,その出願は拒絶理由を有し,又は,独立の無効理由(特許法123条1項4号)となる筋合いである。そうであるところ,法36条6項1号の規定の解釈に当たり,「発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除する」という同号の趣旨から離れて,法36条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは,同一事項を二重に判断することになりかねない。仮に,発明の詳細な説明の記載が法36条4項1号所定の要件を欠く場合に,常に同条6項1号の要件を欠くという関係に立つような解釈を許容するとしたならば,同条4項1号の規定を,同条6項1号のほかに別個独立の特許要件として設けた存在意義が失われることになる。

 したがって,法36条6項1号の規定の解釈に当たっては,特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明の記載の範囲と対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足り,例えば,特許請求の範囲が特異な形式で記載されているため,法36条6項1号の判断の前提として,「発明の詳細な説明」を上記のような手法により解釈しない限り,特許制度の趣旨に著しく反するなど特段の事情のある場合はさておき,そのような事情がない限りは,同条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは許されないというべきである。

 

 その上で、本件については、「「発明の詳細な説明」に「有用性を裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度」の記載がされていない限り,法36条6項1号所定の要件を満たさないことを肯定するに足りる論拠は述べられていない」と指摘。

   

 「審決は,発明の詳細な説明の記載によって理解される技術的事項の範囲を,特許請求の範囲との対比において,検討したのではなく,「薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載」があるか否かのみを検討して,そのような記載がないことを理由として,法36条6項1号の要件充足性がないとしたものであって,本願の特許請求の範囲の記載が,どのような理由により,発明の詳細な説明で記載された技術的事項の範囲を超えているかの具体的な検討をすることなく,同条6項1号所定の要件を満たさないとした点において,理由不備の違法があるというべきである。」と判断した。

 

 また、偏光フィルムの製造法事件との関係については、

 当該事件が、①「特許請求の範囲」が,複数のパラメータで特定された記載であり,その解釈が争点となっていること,②「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」の記載による開示内容と対比し,「発明の詳細な説明」に記載,開示された技術内容を超えているかどうかが争点とされた事案においてされたものであるのに対して、本件は,①「特許請求の範囲」が特異な形式で記載されたがために,その技術的範囲についての解釈に疑義があると審決において判断された事案ではなく,また,②「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えていると審決において判断された事案でもないと指摘。

 

 その結果、当該事件の判示内容を医薬用途発明に適用すれば,発明の詳細な説明に「薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載」をすることが,法36条6項1号の適合性を充足するための要件になると主張する点は,本件において,同様に適用されるための前提を欠くと判示した。  

 尚、知財高裁は、上記の理由不備の違法だけでなく、本願がサポート要件を満たさないとした審決の判断にも誤りがあるとも判示している。

 

 

*1 知財高裁平成17年11月11日判決 平成17年(行ケ)第10042号(偏光フィルムの製造法事件)は,「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」と判示している。