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判例・実務情報

【知財高裁、特許】 取消判決の確定後に,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合に,発明の要旨のうち訂正によって影響を受けない範囲における認定判断については、取消判決の拘束力が及ぶことがあるとされた事例。



Date.2011年10月13日

知財高裁平成23年09月08日判決 平成22(行ケ)10404(パンチプレス機における成形金型の制御装置事件)

・請求認容

・株式会社小松製作所、コマツ産機株式会社 対 株式会社アマダ

・特許法29条2項、123条1項2号、進歩性、容易想到性、訂正、取消判決の拘束力

(経緯)

 原告らは、発明の名称を「パンチプレス機における成形金型の制御装置」とする特許第3727445号(平成9年7月18日出願、平成17年10月7日設定登録)に係る特許権の共有者である。

 本件審決に至る経緯は、以下の通りである。また、本件審決は、本件発明が引用発明(特開平3-294135号公報)及び周知例1ないし3(特開平5-282021号公報、特開平4-367332号公報、特開平4-270015号公報)に記載された技術等に基づき、進歩性なしとするものである。

平成19年 1月25日  第1次特許無効審判の請求(無効2007-800014号)

      8月27日  不成立審決(第1次審決)

     10月 5日  第1次審決取消訴訟(平成19年(行ケ)第10338号)

平成20年 6月30日  第1次審決の取消判決(第1次判決)

平成20年 8月22日  訂正請求(第1次訂正)

     10月24日  訂正認容、無効審決(第2次審決)

     12月 5日  第2次審決取消訴訟(平成20年(行ケ)第10464号)

平成21年 2月24日  訂正審判(第2次訂正、訂正2009-390020号)

      9月16日  訂正認容審決(本件訂正審決)

平成21年10月29日  第2次審決の取消し判決(第2次判決)

平成22年11月24日  無効審決(本件審決)

(本件発明)

 パンチおよびダイを備え、ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型を用いて被加工物の成形加工を行うとともに、打抜加工も可能なパンチプレス機における成形金型の制御装置であって、

(a)加工プログラムから読み取られる被加工物の材質データおよび板厚データをそれぞれ記憶する材質メモリ部および板厚メモリ部、

(b)加工プログラム中の金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部、

(c)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを記憶する共通データメモリ部、

(d)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚により、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を変更する材質・板厚の補正データを記憶する変更データメモリ部、

(e)前記加工プログラムによる加工時に、前記金型情報メモリ部から装着金型に対応するプレスモーション番号を参照し、/このプレスモーション番号毎に、前記共通データメモリ部から被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを生成するとともに、/前記変更データメモリ部から転送された、参照されたプレスモーション番号毎の材質・板厚の補正データに基づく被加工物の材質および板厚に該当する設定値データにより、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を補正し、補正された成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データに基づきプレス軸を駆動するための駆動データを生成するプレス駆動データ生成部および

(f)このプレス駆動データ生成部において生成された駆動データに基づいてプレスの駆動制御を行うプレス駆動制御部を備えることを特徴とするパンチプレス機における成形金型の制御装置。

(引用発明)

 プリント基板の穴明加工を行う穴明機の工具の制御装置において、加工に使用すべき工具番号が記録された加工プログラムを読み取る手段と、加工プログラム中の工具番号に対応する、プリント基板の材質や重ねた枚数に応じた、工具回転数や穴明速度等の加工条件データを記憶する記憶部と、加工プログラムによる加工時に、加工プログラムから読み取った工具番号により、当該工具に対応する加工条件データに従い穴明指令を実行する、穴明機の工具の制御装置

(相違点)

相違点1

 加工機及び加工具に関して、本件発明は、「パンチおよびダイを備え、ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型を用いて被加工物の成形加工を行うとともに、打抜加工も可能なパンチプレス機における成形金型」であるが、引用発明は、「プリント基板の穴明加工を行う穴明機の工具」である点

相違点2

 本件発明では、「(a)加工プログラムから読み取られる被加工物の材質データおよび板厚データをそれぞれ記憶する材質メモリ部および板厚メモリ部、(b)加工プログラム中の金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部、(c)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを記憶する共通データメモリ部、(d)各プレスモーション番号毎に被加工物の材質および板厚により、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を変更する材質・板厚の補正データを記憶する変更データメモリ部」を備え、「(e)前記加工プログラムによる加工時に、前記金型情報メモリ部から装着金型に対応するプレスモーション番号を参照し、このプレスモーション番号毎に、前記共通データメモリ部から被加工物の材質および板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データであって、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データを生成するとともに、前記変更データメモリ部から転送された、参照されたプレスモーション番号毎の材質・板厚の補正データに基づく被加工物の材質および板厚に該当する設定値データにより、前記パンチおよびダイのいずれかの成形位置を補正し、補正された成形位置を含むプレスモーションの詳細設定データに基づきプレス軸を駆動するための駆動データを生成するプレス駆動データ生成部および(f)このプレス駆動データ生成部において生成された駆動データに基づいてプレスの駆動制御を行うプレス駆動制御部」を備えるとしているのに対し、引用発明では、材質メモリ部及び板厚メモリ部を備えているか否かは不明であり、金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部を備えておらず、加工条件データとして共通データと変更データとに分けて記憶しておらず、加工時にプレスモーション番号を参照して両データから駆動データを生成するようにもしていない点

(争点)

1.相違点1および2における容易想到性の判断に誤りはあるか

2.取消判決の拘束力(第1次訂正前の発明を対象とした第1次判決の拘束力が本件審決に及ぶか)

(裁判所の判断)

1.相違点1および2における容易想到性の判断に誤りはあるか

(1)相違点2における容易想到性の判断

 相違点2における容易想到性の判断に関し、本件審決は、プレス機における加工のためのデータとして「パンチおよびダイのいずれかの成形位置」があり、被加工物の材質及び板厚に応じて当該成形位置を変更すべきであることは、周知例2等のとおり従来周知の技術にすぎないと認定判断した上、引用発明に上記周知技術を適用して相違点2に係る本件発明のように構成することは当業者が容易にし得たことであると判断した。

 この本件審決の判断について、裁判所はまず、周知例1ないし3等のいずれにも、パンチのみの成形位置を変更、補正するものが開示され、ダイの成形位置を補正することや、パンチとダイの双方の成形位置を変更、補正することについての記載はないとして、本件審決が、被加工物の材質及び板厚に応じてパンチ及びダイのいずれかの成形位置を変更、補正することを、上記証拠によって、従来周知の技術であると認定したことは、誤りであると判断した。

 そして、裁判所は、そもそも、引用発明は穴明機の制御装置に係る発明であり、「穴明機」の制御装置である引用発明に、上記周知技術を適用したとしても、相違点2に係る本件発明の構成になるものではなく、また制御の対象がドリルのみである引用発明に基づいて、パンチとダイといった成形金型を制御の対象とし、パンチのみならずダイの成形位置を変更、補正し、パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明の構成に、容易に想到することはできないとした。

(2)相違点1における容易想到性の判断

 相違点1における容易想到性の判断に関し、本件審決は、引用発明の制御装置を、工作機械の数値制御装置として共通するパンチプレス機の制御装置に適用することに、格別の困難性はなく、パンチプレス機が、複雑な制御を必要とするとしても、それは、パンチプレス機の制御装置が元来備えているべき特性というべきであって、パンチプレス機のそれぞれの加工方法に対して、引用発明の制御装置が備える制御方法を適用することができるとして、引用発明をパンチプレス機に適用することは容易想到であると判断した。

 この本件審決の判断について、裁判所は、引用発明が穴明機の制御装置に係る発明であること、周知例1ないし3等のいずれにも、被加工物の材質及び板厚に応じてダイの成形位置を変更、補正するパンチプレス機の制御装置に関連する周知技術が開示されていないことを理由に、穴明機の制御装置に係る引用発明に、上記周知例等を適用しても、パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし、パンチのみならずダイの成形位置を変更、補正し、パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明に想到することは容易とはいえないとした。

 また、当業者が、ドリルしかなく制御パラメータが極めて少ない引用発明の穴明機を出発点として、わざわざ、パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし、パンチのみならずダイの成形位置を変更、補正し、パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定するパンチプレス機における成形金型に置き換える動機付けもないとして、引用発明をパンチプレス機に適用することは容易でないとした。

2.取消判決の拘束力(第1次訂正前の発明を対象とした第1次判決の拘束力が本件審決に及ぶか)

 裁判所は、まず、取消判決の拘束力に関し、以下の通り判示した。

「 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条5項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法33条1項の規定により、上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく、審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は、その限りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。このように、再度の審決取消訴訟においては、審判官が当該取消判決の主文のよって来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上、その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは、確定した取消判決の判断自体を違法として非難することにほかならず、再度の審決の違法(取消)事由たり得ないのである(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。

 したがって、特定の引用例に基づいて当該特許発明を容易に発明することができたとはいえないとした審決を、容易に発明することができたとして取り消す判決が確定した場合には、再度の審判手続において、当該引用例に基づいて容易に発明することができたとはいえないとする当事者の主張や審決が封じられる結果、無効審決がされることになる。

 もっとも、取消判決の確定後、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には、減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加され発明の要旨が変更されるのであるから(最高裁平成7年(行ツ)第204号平成11年3月9日第三小法廷判決・民集53巻3号303頁参照)、当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても、訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした取消判決の拘束力は遮断され、再度の審決に当然に及ぶということはできない。

 第1次判決は、第1訂正前の本件発明に対する請求不成立審決(第1次審決)を取り消したものであり、同判決においては、訂正前の発明と引用発明との相違点を以下の通り認定していた。

相違点1’

 第1次訂正前の発明は、ストローク量に応じて加工量が変更可能な成形金型を有するパンチプレス機により成形加工を行うものであるが、引用発明は、工具を有する穴明機により穴明加工を行うものである点

相違点2’

 第1次訂正前の発明では、加工プログラムから読み取られる被加工物の材質データおよび板厚データをそれぞれ記憶する材質メモリ部および板厚メモリ部、加工プログラム中の金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部、各プレスモーション番号毎に被加工物の材質・板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データを記憶する共通データメモリ部、及び各プレスモーンョン番号毎に被加工物の材質・板厚により変更するプレスモーションの詳細設定データを記憶する変更データメモリ部を備え、加工プログラムによる加工時に、金型情報メモリ部から装着金型に対応するプレスモーション番号を参照し、このプレスモーション番号毎に、前記共通データメモリ部から被加工物の材質・板厚に無関係なプレスモーションの詳細設定データを生成するとともに、前記変更データメモリ部から被加工物の材質・板厚により変更するプレスモーションの詳細設定データを生成し、これらの詳細設定データに基づきプレス軸を駆動するための駆動データを生成しているのに対し、引用発明では、材質メモリ部および板厚メモリ部を備えているか否かは不明であり、金型番号に対応するプレスモーション番号を記憶する金型情報メモリ部を備えておらず、加工条件データとして、共通データと変更データとに分けて記憶し、加工時に両データから駆動データを生成するようにはしていない点

 さらに、本件特許を無効にすべき旨の第2次審決の取消しを求めた訴訟の係属中に、特許請求の範囲の減縮を目的とする本件訂正審決が確定し、第2次審決を取り消す旨の第2次判決が言い渡された。その結果、本件訂正審決により、発明の要旨が変更され、本件発明と引用発明との相違点は、上記の相違点1及び相違点2のとおりとなった。

 このため、裁判所は、「当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても、第1次訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした第1次判決の拘束力は遮断され、再度の審決に当然に及ぶということはできない。」としている。

 この点に関し、被告は、訂正前の相違点と訂正後の相違点とが同一であるか否かは、形式的に判断するのではなく、実質的に判断されるべきであるとして、①相違点2’のうち「金型情報メモリ部」の部分、②相違点2’のうち「加工のためのデータとして、共通データと変更データとを別のメモリ部に記憶しておき、加工プログラムによる加工時に、被加工物の材質・板厚に応じて、共通データのうち所定のデータを変更して駆動データを生成する」という部分及び③相違点1’に関する第1次判決の認定判断には、拘束力又は拘束力に準ずる効力があり、又は紛争の一回的解決に資するために決着済みとするべきであると主張した。

 この主張に対し、裁判所は、「そもそも、発明がいくつかの構成要件が有機的かつ不可分に結合して構成されるものであることに照らすと、相違点のうちのさらに細かい要素ごとに検討することが相当であるとはいえない。」とした。

 また、本件訂正審決は、「パンチおよびダイのいずれかの成形位置」を変更、補正するという、本件発明がパンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし、パンチのみならずダイの成形位置を変更、補正し、パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定することを明らかにし、パンチ及びダイを備えるパンチプレス機の制御を行うことを明示するものであり、実質的にも形式的にも発明の要旨が変更されているとして、「第1次訂正前の発明を対象とした第1次判決の拘束力ないしこれに準ずる効力が、本件審決に及ぶことはない。」と判断した。

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110909162856.pdf