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判例・実務情報

(知財高裁、特許) 容易想到性の判断に於いては、「解決課題の設定が容易であった」か否かについても判断が必要とされた事例



Date.2011年2月2日

平成22(行ケ)10075 換気扇フィルター及びその製造方法事件 平成23年01月31日判決

 

・請求認容

・日本ノンテックス株式会社、日本製箔株式会社 対 東洋アルミエコープロダクツ株式会社

・特許法29条2項、容易想到性、解決課題

 

(経緯)

 原告の日本ノンテックス株式会社および日本製箔株式会社は、「換気扇フィルター及びその製造方法」の特許発明(第3561899号)の特許権者である。

 被告の東洋アルミエコープロダクツ株式会社は、本件特許について進歩性の欠如を理由とする無効審判(無効2009-800070号事件)を請求した。

 特許庁は、請求項1~4に係る発明は周知技術に基づき容易になし得たものであるとして、本件特許を無効とする審決をした。本件をこの審決を不服とする原告らが知財高裁に訴えを提起したものである。

 

(本件発明および引用発明)

 ・本件発明1、3(請求項の番号に対応)は下記の通りである。

【請求項1】

 金属製フィルター枠と、該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って、該金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇フィルターにおいて、

 該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは、皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いて接着されていることを特徴とする換気扇フィルター。

【請求項3】

 金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って、該金属製フィルター枠に不織布製フィルター材を接着して換気扇フィルターを製造する方法において、

 該金属製フィルター枠に設けられた開口縁部及び/又は桟部の面に、皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を塗布し、次いで該塗布面に該不織布製フィルター材を押圧すると共に加熱して、該不織布製フィルター材を該開口縁部及び/又は該桟部に接着することを特徴とする換気扇フィルターの製造方法。

 

・引用発明は下記の通りである。

 (発明A(実願昭58-136320号))

 金属箔をもって一体に形成された、レンジフードの開口部周縁への取付座となるフィルターカバーの鍔部と、この鍔部の内周縁に立上り壁と、該立上り壁の下端に格子状部と、該格子状部に接着剤によって装着されている難燃性乃至不燃性の不織布フィルターと、前記鍔部に取付けたレンジフードへの吸着用マグネットからなるレンジフード用フィルターカバー。

 

 (発明B(実願昭58-136320号))

 レンジフードの開口部周縁への取付座となるフィルターカバーの鍔部の内周縁に立上り壁をそなえ、該立上り壁の下端に格子状部を有するカバーを金属箔をもって、一体に形成するとともに前記鍔部にはレンジフードへの吸着用マグネットを取付けるレンジフード用フィルターカバーの製造方法において、

 該レンジフード用フィルターカバーに設けられた前記格子状部の内側に接着剤が塗られ、難燃性乃至不燃性の不織布フィルターを該格子状部に接着するレンジフード用フィルターカバーの製造方法。

 

・本件発明と引用発明の相違点は、以下の通りである。

 本件発明1と発明Aとの相違点(相違点A)

接着剤につき、本件発明1では、皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いているのに対し、発明Aでは、かかる接着剤を用いていない点。

 

 本件発明3と発明Bとの相違点(相違点C)

 本件発明3は、皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を塗布し、次いで該塗布面に該不織布製フィルター材を押圧すると共に加熱して、該不織布製フィルター材を接着するものであるのに対し、発明Bは、かかる接着剤を用いることや塗布面に該不織布製フィルター材を押圧すると共に加熱して、該不織布製フィルター材を接着することを有していない点。

 

(裁判所の判断)

 先ず、知財高裁は、容易想到性を判断するにあたっては、発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で、それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠であり、容易想到であったとするためには、「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく、「解決課題の設定が容易であった」ことも必要であると判示した。

 

「(1)容易想到性判断と発明における解決課題

 当該発明について、当業者が特許法29条1項各号に該当する発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては、従来技術における当該発明に最も近似する発明(「主たる引用発明」)から出発して、これに、主たる引用発明以外の引用発明(「従たる引用発明」)及び技術常識等を総合的に考慮して、当業者において、当該発明における、主たる引用発明と相違する構成(当該発明の特徴的部分)に到達することが容易であったか否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法といえる。当該発明における、主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は、従来技術では解決できなかった課題を解決するために、新たな技術的構成を付加ないし変更するものであるから、容易想到性の有無の判断するに当たっては、当該発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で、それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。上記のとおり、当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから、当該発明が容易であったとするためには、「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく、「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。すなわち、たとえ「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」としても、「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば、一般には着想しない課題を設定した場合等)には、当然には、当該発明が容易想到であるということはできない。ところで、「解決課題の設定が容易であったこと」についての判断は、着想それ自体の容易性が対象とされるため、事後的・主観的な判断が入りやすいことから、そのような判断を防止するためにも、証拠に基づいた論理的な説明が不可欠となる。また、その前提として、当該発明が目的とした解決課題を正確に把握することは、当該発明の容易想到性の結論を導く上で、とりわけ重要であることはいうまでもない。」

 

 上記の観点から判断した結果、知財高裁は、審決に於ける本件発明の解決課題の認定には誤りがあったと判断している。

 即ち、審決に於いては、本件発明の解決課題を、「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」であると認定した。そして、当該課題は、周知の技術的課題であるとした。

 その上で、容易想到性の判断については、先ず、甲2(特開平7-188632号公報)には、水溶液によって成分が溶解または膨潤し剥離する粘着剤が記載されており、この粘着剤は複数の物質を接合する接合剤としてみれば接着剤と共通するから、甲2に接した当業者は、その上記課題を解決するため、接着剤成分が溶解又は膨潤して剥離するものを選択する動機付けがあるとした。

 その結果、廃棄時に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを容易に剥離するために、発明Aの接着剤に「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」を用いることは、当業者に容易想到であると判断した。

 

 上記審決の判断に対し、知財高裁は、発明Aが記載された引用例には、本件発明が目的とする解決課題および解決手段が開示されておらず、逆に、フィルターをフィルターカバーから剥離せずに廃棄することを前提とした発明であると認定した。

 さらに、審決において、本件発明と共通の解決課題が存在すると認定した周知技術についても、以下の点を理由に挙げて、本件発明の解決課題が示唆されていないと認定した。

 

 ①甲18、19及び32は、換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠及びフィルター材の廃棄を容易にするものではあるが、金属製フィルター枠とフィルター材とが「接着剤で接着されている」ことを前提とした発明とは異なる。

 ②甲18のレンジフード用フィルターは、金属製フィルター枠と不織布製フィルター材が「強固に接着されている換気扇フィルター」ではなく、「金属箔を成形可能な繊維不織布に代えることにより金網フイルターへの取り付けを簡略化すると共に使用後の廃棄に際し、分別することなく全体を容易に家庭ゴミとして処分せしめることを目的とする」ものであり、本件発明1の解決課題及び解決手段と異なる。

 ③甲19も、金属箔製の換気扇カバー枠体と金属繊維を用いたフィルターから構成され、フィルター部分と換気扇カバー枠体とを分離する必要性を解消させて、そのまま一体物として出しても問題が起き難く、ゴミとして出す場合の作業性に優れ、かつ、再資源化が容易な換気扇カバーを提供することを目的としており、本件発明1とは解決手段において異なる。

 

 その結果、知財高裁は、「審決において、本件発明1における「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて、通常の状態では強固に接着されているが、使用後は容易に両者を分別し得ることを容易化すること」という解決課題設定及び解決手段の達成が容易に想到できたとの点について、証拠を基礎とした客観的合理的な論理に基づいた説明が示されていると判断することはできない」などとして、発明Aに甲2に記載の発明を適用することは容易でないと判示した。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110131153408.pdf