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判例・実務情報

【知財高裁、特許】 容易想到性の判断手法は、数値限定発明においても同様であるとされた事例。平成22年(行ケ)10122



Date.2011年3月9日

知財高裁平成22年12月28日判決 平成22年(行ケ)第10122 オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤事件

 

・請求認容

・X 対 デビオファーム・エス・アー、株式会社ヤクルト本社

・特許法29条2項、数値限定発明、臨界的意義、容易想到性、技術的意義

 

(経緯)

被告のデビオファーム・エス・アーは,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」の特許発明(特許第3547755号)の特許権者である。

 原告は,進歩性の欠如を理由とする無効審判を特許庁に請求したが(無効2009-800029号事件)、特許庁は,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。本件は、これに不服の原告が審決の取消しを求めて知財高裁に訴えを提起したものである。

 

(本件発明)

 【請求項1】

 濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。

 

(争点)

1.本件発明1および相違点の認定等の誤り

2.甲1発明の認定の誤り

3.容易想到性の判断の誤り

 

(裁判例の判断)

1.本件発明1および相違点の認定等の誤り

 原告は、本件発明1における「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである(こと)」(貯蔵安定性)は,医薬品の承認に必要な当然の品質であるから,審決が,これを本件発明1の独立の構成であるとした上で,甲1発明との相違点とした認定には誤りがあると主張した。

 

 この主張に対し、裁判所は、請求項1の「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」との記載が,貯蔵安定性という効果に着目した構成であると認めたものの、この構成は、「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」であっても,上記の貯蔵安定性に係る構成を充足しない製剤であれば,本件発明1の技術的範囲から除外されることになるのであるから、独立の構成であると理解すべきであると判断した。

 

「しかし,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」の条件を満たしさえすれば,他のいかなる条件が加わっても,常に,上記の貯蔵安定性に係る構成を充足するという関係が成立するものではない。仮に,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」であっても,上記の貯蔵安定性に係る構成を充足しない製剤であれば,本件発明1の技術的範囲から除外されることになるのは当然である。以上のとおりであり,本件発明1の貯蔵安定性に係る構成は,独立の構成であると理解すべきであり,これに反する原告の主張は,採用できない。」

 

2.甲1発明の認定の誤り

 原告は,甲1には,オキサリプラティヌム水溶液のpHが4.5ないし6でないとの記載がないこと,被告が甲1記載のオキサリプラティヌム水溶液のpHが4.5ないし6でないことを立証しないことを根拠に、甲1発明にはpHが4.5ないし6であるオキサリプラティヌム水溶液が開示されていると述べ、その結果、オキサリプラティヌム水溶液のpHが甲1に記載されていないことを本件発明1と甲1発明との相違点1として認定した審決には誤りがあると主張した。

 この主張に対し、裁判所は、123条の規定の趣旨に照らし、その主張・立証責任は原告である審判請求人にあるとした。

 

3.容易想到性の判断の誤り

 原告は、数値限定発明において容易想到性でないとされるためには,数値範囲の全般において効果が顕著に優れているとの臨界的意義が示されることを要するとして、本件発明はそのような効果が示されていないことを根拠に、審決が本件発明1を容易想到でない判断には誤りがあると主張した。

 

 この主張に対し裁判所は、「一般に,当該発明の容易想到性の有無を判断するに当たっては,当該発明と特定の先行発明とを対比し,当該発明の先行発明と相違する構成を明らかにして,出願時の技術水準を前提として,当業者であれば,相違点に係る当該発明の構成に到達することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くのが合理的である。そして,当該発明の相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かの検討は,当該発明と先行発明との間における技術分野における関連性の程度,解決課題の共通性の程度,作用効果の共通性の程度等を総合して考慮すべきである。この点は,当該発明の相違点に係る構成が,数値範囲で限定した構成を含む発明である場合においても,その判断手法において,何ら異なることはなく,当該発明の技術的意義,課題解決の内容,作用効果等について,他の相違点に係る構成等も含めて総合的に考慮すべきであることはいうまでもない。」と述べた。

 その上で、本件発明については、本件明細書の記載内容等を総合考察し、当業者にとって,本件発明1の限定された数値範囲において,その課題を解決する顕著な作用効果が示されていると解することができると判示した。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110131155400.pdf