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判例・実務情報

【知財高裁、特許】 引用発明の認定において、当業者の技術常識を参酌すべきか否かが争われた事例。 平成22(行ケ)10322



Date.2011年7月15日

知財高裁平成23年06月09日判決 平成22(行ケ)10322(Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬からなる緑内障治療剤事件)

 

・請求棄却

・千寿製薬株式会社 対 参天製薬株式会社

・特許法29条2項、進歩性、引用発明の認定、技術常識の参酌

 

(経緯)

 被告の参天製薬株式会社は、「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬からなる緑内障治療剤」の特許発明に関する特許権者である。

 原告の千寿製薬株式会社は、本件特許が進歩性の欠如により無効すべきものであるとして無効審判を請求したが、特許庁は、請求不成立の審決をした。本件は、この審決に不服の原告がその取消しを求めて知財高裁に訴えを提起したものである。

 

 

(本件発明および引用発明)

1.本件発明1は以下の通りである(本件発明2(請求項2)については省略)。

【請求項1】

 Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって、

 該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり、

 該β遮断薬がチモロールである、

 緑内障治療剤。

 

2.また、審決では、引用発明1を以下の通り認定した(引用発明2については省略)。

 引用発明1

 HA 1077等のカルシウムアンタゴニストとβ遮断薬であるチモロール等の眼圧を下降させる化合物との組合せを含む緑内障治療用の眼局所用組成物

 

 

(争点)

 審決における引用発明1および引用発明2に基づく容易想到性の判断が誤っているか否か。

 

 

(知財高裁の判断)

 上記争点のうち、引用発明1に基づく容易想到性の判断の適否に於いては、引用発明1の認定の誤りも争われた。

 

 この争点について、原告は、HA 1077がカルシウムアンタゴニストであり、かつ、Rhoキナーゼ阻害剤であることは技術常識であったとして、引用例1におけるHA1077の記載から、当業者はRhoキナーゼ阻害剤が記載されているに等しいものと認識することができると主張した。

 

「引用例1のHA 1077が,Rhoキナーゼ阻害剤としてではなく,あくまでカルシウムアンタゴニストの具体的な化合物の一つとして,緑内障治療剤において採用されることが意図されているにすぎないとの本件審決の認定は,当業者の認識能力(技術水準),すなわち,HA1077とβ遮断薬の組合せよりなる緑内障治療用併用剤の開示を見れば直ちにRhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬の組合せよりなる緑内障治療用併用剤の開示を読み取ることを度外視したものである。上記認定は,引用例1の作成者の主観のみを忖度した認定であって,優先権主張日当時の当業者の技術水準を踏まえた上で客観的にされるべき引用発明の認定を誤ったものである。」

 

 しかし、知財高裁は、引用例1には、カルシウムアンタゴニストの作用機序と緑内障治療の関係が説明されているのであって、Rhoキナーゼ阻害活性と緑内障治療についての開示はなく、また「刊行物に記載された発明」に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては、同条1項3号に記載された発明について、まず刊行物に記載された事項から認定すべきである、と述べた。

 

 その上で、「引用例1には,緑内障治療にカルシウムアンタゴニスト活性を有する薬剤と眼圧を下降させる薬剤の併用が開示されているのみで,Rhoキナーゼ阻害活性と緑内障治療についての開示は一切存在しないことに照らすと,引用例1の記載に接した当業者は,たとえ,そこに記載された具体例の1つであるHA1077が,たまたまRhoキナーゼ阻害活性をも有するとしても,そのことをもって,引用例1に,Rhoキナーゼ阻害活性を有する薬剤と眼圧を下降させる薬剤を併用する緑内障治療が記載されているとまでは認識することができないというべきである。」と判断した。

 

 また、知財高裁は、なお書きにおいて、「特許出願時における技術常識を参酌することにより当業者が刊行物に記載されている事項から導き出せる事項は,同条1項3号に掲げる刊行物に記載されているに等しい事項ということができるが,刊行物に記載されたある性質を有する物質の中に,たまたまそれとは別のもう一つの性質を有するものが記載されていたとしても,直ちに当該刊行物に当該別の性質に係る物質が記載されているということはできず,このことは,むしろ,容易想到性の判断において斟酌されるべき事項である。」と述べている。

 

 

 上記の通り、本件では、裁判所は、審決における引用発明の認定に誤りはなかったとしながらも、原告が主張する当業者の技術常識は、容易想到性の判断において斟酌されるべき事項であると述べている。

 一般には、引用発明の認定に於いても、本願発明の出願当時における当業者の技術常識を参酌することができるが、この当業者の技術常識を、引用発明の認定ではなく、容易想到性の判断における問題として扱うことについては、難しい判断が必要と思われる。

 

 事案は異なるが、副引例の認定において、その目的・作用効果に関する事項を含めることができるか否かが争われた裁判例がある(知財高裁平成18年(行ケ)10499(無線式ドアロック制御装置事件))。

 この裁判例では、審決は、副引例について、携帯用送信機が「イグニッションキーとは別体である」との事項(付随事項①)、ロックアクチュエータの駆動を禁止する理由である、「携帯用送信機を所持した者が車室内に存在している場合に、車外からの解錠・施錠操作(第3者が車外から車両のドア部に設けられたスイッチ12を操作した場合の解錠操作)を禁止することができるものとするため」との事項(付随事項②)を含めて認定した。そして、引用発明2が解決すべき技術的課題が引用発明1には存在せず、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けがないとし、請求不成立審決をした。

 しかし、裁判所は、この審決における引用発明2の認定について、副引例の中から、引用発明1に無用の事柄(付随事項①、②)を抽出し、引用発明1と相容れない公知技術を創出しているとして、副引例の認定には誤りがあると判示している。

 このケースでは、引用発明の認定に関する問題として扱われたが、事案によっては容易想到性の判断における問題として扱うこともできるであろう。

 

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110615115959.pdf