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判例・実務情報

(知財高裁、特許) 引用発明の適格性



Date.2010年12月20日

 平成22(行ケ)10001号 固形の熱成形し得る放出制御医薬組成物事件 判決日:平成22年08月31日

・請求棄却 

・レ ラボラトワール セルヴィエ 対 特許庁長官 

・特許法29条2項、進歩性、容易想到性、引用発明の適格性、有用性

 出願人は、「固形の熱成形し得る放出制御医薬組成物」に関する発明の特許出願をしたが、特許庁は引用発明に基づき進歩性を有しないとの審決をした。これに不服の出願人は、拒絶審決の取消しを求め、知財高裁に訴えを提起した。

 本件発明は、以下の通りである。

【請求項1】

 固形の放出制御医薬組成物であって、少なくとも1の活性成分、ならびに少量の第四級アンモニウム基を有する、アクリル酸及びメタクリル酸エステルの十分に重合させたコポリマーからなるアンモニウムメタクリラートのコポリマーであるポリメタクリラート類の群から選択される1又はそれ以上のポリマーの熱成形し得る混合物を含み、活性成分の放出が、使用するポリメタクリラートの特性、活性成分に対するその量、及び該組成物の製造に用いる技術によってのみ制御されることを特徴とする医薬組成物。

 引用発明(特表平10-508608号)は、以下の通りである。

 オピオイド鎮痛剤並びにアクリルポリマーを含む溶融押出し配合物からなる固形の持続放出性医薬製剤。

 主な争点は、引用発明の認定の誤り、相違点の看過、および容易想到性である。このうち、引用発明の認定の誤りに関して、原告は以下の通り主張している。 即ち、引用例には、治療活性薬、疎水性物質(アクリルポリマー)、および遅延化剤(疎水性可融性担体)としてのステアリン酸を用いた3成分系のみが開示されており、2成分系の具体例が開示されていないにもかかわらず、引用発明として、治療活性薬及び疎水性物質(アクリルポリマー)からなる2成分系の製剤を認定したことは誤りである、とするものである。

 この主張に対し、裁判所は、以下の通り判示し、引用発明の認定に誤りはないと判断した。

「 引用例Aには、マトリックス成分の説明として「本発明の押出物は少なくとも1種の疎水性材料を含む。この疎水性材料は、オピオイド鎮痛剤の持続性放出を最終処方に付与する。本発明に従って用いることができる好ましい疎水性材料には、天然もしくは合成セルロース誘導体(例えば、エチルセルロース)のようなアルキルセルロース類、アクリル及びメタクリル酸ポリマー及びコポリマー、シェラック、ゼイン、水素化ヒマシ油もしくは水素化植物油を含むワックスタイプの物質、又はそれらの混合物が含まれる。これらの例に限らず、活性剤の持続性放出を付与することが可能であり、かつ溶融する(もしくは押出しに必要な程度軟化する)薬学的に許容し得るあらゆる疎水性材料を本発明に従って用いることができる。」と記載され、実施例として、「徐放性クロルフェニラミン処方これらの例において、上記製造手順に従い、エチルセルロース及びアクリルポリマー(Eudragit RSPO)をそれぞれ遅延化剤として用いて、マレイン酸クロルフェニラミン徐放性ペレットを調製した。」との記載がある。同記載によれば、引用例Aには、「疎水性材料」にはアクリルポリマーが含まれること、「疎水性材料」は治療活性薬の持続放出性を最終処方に付与すること、アクリルポリマーが「遅延化剤」として用いられることが開示されているものと認められる。また、アクリルポリマーの「遅延化剤」として機能を発揮するためには、溶融押出し可能であるか、押出しに必要な程度軟化することは必要であるが、他の成分を使用する必要性がないことも合理的に理解することができる。」

 また、原告は、引用例の実施例のすべてにおいて遅延化剤が用いられており、明細書中に「任意」、「好ましくは」との記載があることをもって、遅延化剤(疎水性可融性担体)を含まない医薬製剤が持続放出性を奏すると把握することはできないと主張したが、裁判所は、「「遅延化剤」として機能する成分として「疎水性可融性担体」成分のみならず、アクリルポリマー等の「疎水性材料(疎水性物質)」が示されるとともに、疎水性可融性担体は「任意」又は「好ましくは」添加し得る成分として記載されていることからすれば、引用例Aには疎水性可融性担体を含まず治療活性薬とアクリルポリマーの2成分からなる持続放出性医薬製剤に係る技術が、開示されている」と判示した。

 本件は、引用発明の引用適格性における開示の程度が問題となった事案である。

 引用発明となり得るのは、29条1項各号に掲げられた発明、即ち、公然知られた発明(1号)、公然実施をされた発明(2号)、刊行物に記載された発明(3号)である。このうち、刊行物に記載された発明は、「刊行物に記載されている事項」から認定される。更に、記載事項の解釈にあたっては、本願出願時における技術常識を参酌することができる(東京高裁平成15年9月4日判決 平成14(行ケ)199号)。この技術常識を参酌することにより当業者が当該刊行物に記載されている事項から導き出せる事項も、刊行物に記載された発明の認定の基礎とすることができる。

 また、「刊行物に記載された発明」は、新規性等の判断に於いては完成された発明であることを要するが、進歩性の判断に於いては、必ずしもこれが当てはまるものではない(例えば、吉藤幸朔著、熊谷健一補訂「特許法概説」135-136頁(有斐閣 第13版 1998))。

 更に、「頒布された刊行物に記載された発明」というためには、「特許出願当時の技術水準を基礎として、当業者が当該刊行物を見たときに、特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において、その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり、かつ、それで足りると解するのが相当である。」(知財高裁平成19年7月12日判決 平成18年(行ケ)第10482号(害虫防除剤事件))とされている。

 本件に於いては、疎水性可融性担体が任意成分として明細書中に記載されていることから、2成分の場合についても実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されているといえる。原告は、「化学物質発明は、その構造から有用性を予測することが困難な技術分野に属するから、特定された用途ないし性質に関する有用性が明細書に裏付けられていなければ、当業者が発明を把握することができない。」と主張しているが、化学物質発明に於いて、有用性の裏付けが引用発明に対しても求められるものではないことを示した判決であり、妥当な結論である。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100901120821.pdf