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【知財高裁、特許】 数値範囲の上限値が実施例とかけ離れていたがサポート要件が肯定された事例 平成22(行ケ)10153



Date.2011年2月18日

知財高裁平成23年02月10日判決 平成22(行ケ)10153 接着剤、接着剤の製造方法及びそれを用いた回路接続構造体の製造方法事件

・一部認容、一部棄却

・日立化成工業株式会社 対 信越化学工業株式会社

・特許法36条4項1号、同条6項1号、実施可能要件、サポート要件

 

(経緯)

 原告の日立化成工業株式会社は、「接着剤、接着剤の製造方法及びそれを用いた回路接続構造体の製造方法」の特許発明(第4165065号)の特許権者である。

 被告の信越化学工業株式会社は、本件特許について実施可能要件違反およびサポート要件違反を理由とする無効審判(無効2009-800104号)を請求した。

 特許庁は、請求項1ないし5及び9については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載はいわゆる実施可能要件に違反し、また、本件特許の特許請求の範囲の記載がいわゆるサポート要件に違反すると審決した。本件は、この審決を不服とする原告らが知財高裁に訴えを提起したものである。

 

(本件発明)

・本件発明の解決課題は以下の通りである。

 ①高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し、さらにロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤の提供

 ②接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与えるとともに、接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤の提供

 

・本件発明は、シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と、シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が、GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1~100であれば、オリゴマーの効果、すなわち、高接着力でロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤、保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤の製造が可能となり、かつ、接着剤の接着強度低下、保存安定性の低下は生じないというものである。

 

(争点)

1.実施可能要件違反

 明細書中に、カラム展開溶媒等のGPCに係る測定条件が記載されていなかった点が実施可能要件違反に該当するか否か。

2.サポート要件違反

 本件明細書の記載が、GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1~100」の全ての範囲について、本件発明の課題を解決できると認識することができ、サポート要件と満たすか否か。

 

(裁判所の判断)

1.実施可能要件違反

 本件明細書に於いては、フェノキシ樹脂の分子量をGPC測定する際に、原告が主張する本件カラム(東ソー株式会社製の商品名「TSKgelG3000HXL及びTSKgelG4000HXL」のカラム)が記載されていた。しかし、シランカップリング剤のGPC測定においては、本件カラムを使用したとする明示的な記載はなかった。その為、裁判所は、「本件明細書には、シランカップリング剤のGPC測定が原告主張のように本件カラムにより行われたことを直接示す記載は存在しないといわなければならない。」と判示した。

 また、原告は、本件カラムはGPC測定における周知のカラムであるなどと主張したが、裁判所はそれを裏付けるに足りる証拠もないとした。

 その結果、裁判所は、「本件明細書には、本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め、シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず、また、本件明細書の記載から、当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。」とした。

 尚、原告は、GPC測定において、一般的な通常の測定条件によって実験が行われない場合、測定結果が異なること、すなわち、GPC測定においては、測定条件が異なれば測定結果が異なること自体は争っていなかった。

 

2.サポート要件違反

 本件発明の課題(上記①および②)に関する審決の認定について、裁判所は、誤りはないとした。

 しかし、本件明細書を参酌した結果、本件明細書には、発明の効果、即ち、「①高接着力でロットばらつきが発生せず、高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし、長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては、いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されている」と認定した。

 

 これに対し被告は、本件発明における(A-1):(A-2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること、本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことを主張した。

 しかし、裁判所は、本件明細書には、数値範囲の下限及び上限について、数値範囲の意義が記載され、その範囲内の効果についても記載されていること、さらに、上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において、接着強度等の効果についての試験結果も明示されていることを指摘して、被告の主張を採用しなかった。

 

「しかしながら、本件明細書には、数値範囲の下限及び上限について、数値範囲の意義((A-1):(A-2)=100:1未満である場合、実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり、100:100を超える場合、接着剤の接着強度の低下や、接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており、その範囲内の効果についても、「A-1とA-2とが、GPCの面積比で、(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく、(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく、(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく、(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し、さらに、上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において、接着強度等の効果についての試験結果が明示されている」

 

 また、裁判所は、審決が、サポート要件の判断に於いて、上記②の課題についてのみ、当業者が認識することができるか否かについて判断しており、上記①の課題が解決できるか否かについては判断を行っていないと指摘した。

 さらに、本件明細書には、実施例が具体的に開示されているとして、明細書の記載内容に関する認定自体も誤りであると指摘した。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110214120438.pdf