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判例・実務情報

【知財高裁、特許】 新規性・進歩性における審決の判断の遺脱の有無が争われた事例。



Date.2011年11月2日

平成23年10月04日判決 平成22(行ケ)10350(麦芽発酵飲料事件)

 

・サッポロビール株式会社 対 サントリーホールディングス株式会社

・請求認容

・特許法29条1項1号、2号、同条2項、36条4項1号、同条6項2号、明確性、実施可能要件、新規性、進歩性、審決の判断遺脱

 

(経緯)

 被告は、「麦芽発酵飲料」に関する特許発明(特許第4367790号)の特許権者である。原告は、本件特許に対し、明確性要件違反、実施可能要件違反、新規性、進歩性を欠如しているとして、無効審判を請求した。

 しかし、特許庁は請求不成立審決をした。本件は、この審決に不服の原告が、知財高裁に訴えを提起したものである。

 

(本件発明)

【請求項1】

 A成分として、麦を原料の一部に使用して発酵させて得た麦芽比率が20%以上でありアルコール分が0.5~7%であるアルコール含有物;および、

 B成分として、少なくとも麦を原料の一部としたアルコール含有物を蒸留して得たアルコール分が10~90%であるアルコール含有の蒸留液;からなり、A成分とB成分とを混合してなるアルコール分が3~8%である麦芽発酵飲料であって、A成分のアルコール含有物由来のアルコール分:B成分のアルコール含有の蒸留液由来のアルコール分の率が、97.5:2.5~90:10であることを特徴とする麦芽発酵飲料。

 

(争点)

 本件の争点は、明確性要件違反、実施可能要件違反、新規性・進歩性における審決の判断遺脱の有無である。

 

(裁判所の判断)

 上記各争点のうち、新規性・進歩性における審決の判断遺脱の有無については、以下の通り判断されている。

 

1.取消事由3(特許法29条1項1号又は2号に関する判断の誤り)について

 

 原告は、無効審判において甲1~甲6を提出するとともに、無効審判請求書において、当業者の技術常識として、本件発明でいうA成分(「麦を原料の一部に使用して発酵させて得たアルコール含有物」)とB成分(「少なくとも麦を原料の一部としたアルコール含有物を蒸留して得たアルコール含有の蒸留液」)とを混合してなる麦芽発酵飲料が、本件出願前に広く一般に知られた周知の麦芽発酵飲料であると主張していた。

 また、この周知の飲料を前提に、本件発明を甲1又は甲2に記載された発明と対比して、その新規性欠如を主張し、本訴においても同様の主張をした。

 

 この主張に対し、知財高裁は、A成分とB成分とを混合してなる麦芽発酵飲料が、本件出願前、広く一般に知られた周知のアルコール飲料であると認めた。

 

 また、審決では、甲1および甲2については、本件発明と対比して、新規性の有無を判断していたが、原告が新規性欠如を立証する証拠として提出した甲3~甲6については触れられておらず、原告の主張する「甲1~甲6に基づいて、A成分とB成分とを混合してなる麦芽発酵飲料が周知のアルコール飲料であること」についての検討は行われていなかった。

 

 そのため、知財高裁は、「審決には、本件発明に関して原告の主張する無効理由3に判断の遺脱があると認められるところ、A成分とB成分とを混合してなる麦芽発酵飲料が、本件出願前、周知のアルコール飲料である旨の原告の主張に理由があることは、前示のとおりであるから、審決における上記の判断の遺脱はその結論に影響を及ぼすべきものであって、審決を取り消すべき瑕疵といわなければならない。」と判断した。

 

2.取消事由4(特許法29条2項に関する判断の誤り)について

 

 原告は、無効審判において、新規性欠如の無効理由と同様、進歩性についても、甲1~甲6に基づき、本件発明の麦芽発酵飲料が、その出願前に広く一般に知られた周知の麦芽発酵飲料であるとして、無効理由を主張していた。

 

 しかし、審決は、口頭審理陳述要領書による進歩性欠如の無効理由を追加する補正が、特許法第131条の2第2項1号および2号のいずれにも該当せず、当該理由を追加する補正は認められなかったことから、進歩性欠如の無効理由は新たな主張であるとして排斥した。

 

 この点について原告は、審判請求書において、「請求項1に係る発明でいうA成分とB成分とを混合してなる麦芽発酵飲料は、・・・本件出願前、周知の麦芽発酵飲料であり、その一例として、甲1には、A成分としてビール、B成分としてジンを用いた「ドックス・ノーズ」と呼ばれる麦芽発酵飲料が、また、甲2には、A成分としてビール、B成分としてウイスキーを用いた「ボイラーメーカー」と呼ばれる麦芽発酵飲料が記載されている。」と記載しており、さらに、「甲1又は甲2に記載された本件出願前周知の麦芽発酵飲料において、そのアルコール度数(アルコール分)を消費者の低アルコール志向に合わせて、A成分であるビールと同程度にとどめる場合には、必然的に請求項1に係る麦芽発酵飲料が得られるのであって、そこにはなんらの技術的困難性もなければ、独創性も存在しない。」とも記載していた。

 

 一方、審判合議体は、当該無効理由が甲1および甲2に基づく進歩性欠如の主張であるか否かの釈明を求めており、これに対し原告は、「請求人が意図する理由4は、甲1又は甲2に記載された発明(特許法29条1項3号の発明)に基づく進歩性欠如の無効理由であることはもちろん、それにとどまらず、理由3で甲1又は甲2等を根拠にその存在を主張した発明(特許法29条1項1号又は2号の発明)に基づく進歩性欠如の無効理由を含むものです。」と述べ、さらに、「カ.請求人主張の補足」においても、本件発明が、公然知られたか又は公然実施された発明(特許法29条1項1号又は2号の発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張した。

 

 以上の経緯から、裁判所は、原告が、無効審判において、甲1~甲6に基づき、「公然知られた発明又は公然実施をされた発明(特許法29条1項1号又は2号の発明)」として「周知の麦芽発酵飲料」を主張立証していたものと認められるから、そのような公然知られた発明又は公然実施をされた発明に基づく進歩性欠如の無効理由4を、審判請求の当初から主張していたことが明らかである判断した。

 

 その結果、「審決が、特許法29条1項1号又は2号の発明(公知、公用発明)に基づく進歩性欠如の無効理由は新たな主張であるとして排斥し、同条1項3号の発明(刊行物発明)に基づく進歩性欠如の無効理由のみを判断したことは誤りであり、審決には、原告の主張する無効理由4に判断の遺脱がある」と判示した。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111006130127.pdf