E

判例・実務情報

【知財高裁、特許】 明細書等に明示的記載のない数値を用いて数値範囲を減縮する訂正の適否が争われた事例。



Date.2011年6月1日

知財高裁平成23年03月23日判決 平成22(行ケ)10234 無水石膏の製造方法事件

 

・請求認容

・吉野石膏株式会社 対 株式会社ナコード、太平洋セメント株式会社

・特許法29条2項、126条3項、134条の2第5項、進歩性、訂正、新たな技術的事項の導入

 

(経緯)

 原告の吉野石膏株式会社は、被告らが有する本件特許に対し、進歩性欠如を理由とする無効審判を請求した。

 特許庁は、本件発明の訂正を認めた上で、請求不成立の審決をした。本件は、この審決に不服の原告がその取消を求めて知財高裁に訴えを提起した事件である。

 

(本件発明)

 本件発明の訂正前および訂正後の請求項1は下記の通りである。尚、被告は、請求項5の無水石膏焼成システムに係る発明についても、請求項1と同様の訂正を行っている。

 

・訂正前

【請求項1】

 内筒の内部で燃料を燃焼させて該内筒の下部の開口部から燃焼ガスを噴出させ,前記内筒を囲繞し,下部が逆円錐状に形成された本体に石膏廃材を供給し,該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下に加熱しながら,前記燃焼ガスによって流動化させ,生じた無水石膏を前記本体の内部から外部に排出することを特徴とする無水石膏の製造方法。

 

・訂正後

【請求項1】

 内筒の内部で燃料を燃焼させて該内筒の下部の開口部から燃焼ガスを噴出させ,前記内筒を囲繞し,下部が逆円錐状に形成された本体にナフタレンスルホン酸基を含む石膏廃材を供給し,該本体の内部で該石膏廃材を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら,前記燃焼ガスによって流動化させ,生じたⅡ型無水石膏を前記本体の内部から外部に排出することを特徴とする無水石膏の製造方法。

 

(争点)

 主な争点は、下記の通りである。

 ①本件訂正が,願書等に記載されている事項の範囲内の訂正であるか否か。

 ②訂正後の発明は引用発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものか否か。

 

(裁判所の判断)

 上記争点のうち、本件訂正の適否に関する裁判所の判断は、以下の通りである。

 

 即ち、本件訂正は、「該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下に加熱しながら」との事項を、「該本体の内部で該石膏廃材を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」と訂正するものであった。

 しかし、本件明細書には、460℃を中心に上下10℃の範囲で変動した測定値が開示されているだけであり、「500℃」という値は当初明細書等に明示的に記載されていなかった。

 裁判所は、この訂正について、「500℃」という特定温度は,もともと訂正前の「330℃以上840℃以下」の温度の範囲内にあり、実質的には記載されているに等しく、当初明細書等に記載された事項から自明な事項であって,新たな技術的事項を導入するものではないと判示した。

 

 「「500℃」という特定温度は,もともと訂正前の「330℃以上840℃以下」の温度の範囲内にある温度であるから,上記「500℃」という温度が当初明細書等に明示的に表現されていないとしても,硫黄酸化物の発生抑制のための温度として分解温度以下である以上他の温度と異なることはなく,実質的には記載されているに等しいと認められること,当初明細書等に記載された実施例においては,炉出口粉粒体温度が460℃になることを目標とした旨が記載され(段落【0034】,【0035】),当初明細書等の【表2】には,実施例における「炉出口粉粒体温度(℃)」が,「460℃」(実施例1),「470℃」(実施例2),「450℃」(実施例3),「470℃」(実施例4)であったことが記載されていることからすれば,具体例の温度自体にも開示に幅があるといえること,したがって,具体的に開示された数値に対して30℃ないし50℃高い数値である近接した500℃という温度を上限値として設定することも十分に考えられること,また,訂正後の上限値である「500℃」に臨界的意義が存しないことは当事者間に争いがないのであるから,訂正前の上限値である「840℃」よりも低い「500℃」に訂正することは,それによって,新たな臨界的意義を持たせるものでないことはもちろん,500℃付近に設定することで新たな技術的意義を持たせるものでもないといえるから,「500℃」という上限値は当初明細書等に記載された事項から自明な事項であって,新たな技術的事項を導入するものではないというべきである。」

 

 また、裁判所は、新たな技術的事項を導入しないものか否かを判断するに際しては,「500℃」という特定の温度が当初明細書等を総合した場合に自明といえるか否かが問題となるのであって,本件発明においては,「500℃」という特定の温度に何ら技術的意義はないと判断している。その結果、「500℃」の訂正は,臨界的意義はもちろん技術的意義の面でも実質的な差はない当初明細書等の「330℃以上840℃以下」という数値の範囲内であり,特許明細書等の記載事項に新たな技術的事項を導入するものとはいえないとした。

 

 尚、本件においては、訂正後の発明が引用発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとして、進歩性が否定されている。

 特に、本件発明における、本体の内部で材料を「本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように」加熱するとの構成要件については、引用発明に基づき容易想到であると判断されている。

 

 即ち、引用発明には、石膏を加熱する温度範囲が約350℃以上であるとする開示があり、周知技術を示す甲2、甲5、甲14においても、それぞれ「400~850℃」,「300~800℃,好ましくは500~600℃」,「360~600℃」との記載があった。

 また、上述の通り、上限値を「500℃以下」と設定した点については臨界的意義や技術的意義がないことから、その設定についても格別の創意工夫を要しないとして、上限を「500℃以下」と設定することは,当業者にとって容易想到であると判断された。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110325111349.pdf