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【知財高裁、特許】 特許請求の範囲の用語の解釈において、特許庁に一度提出した意見書等の内容は撤回したものとして、その後に提出した意見書の内容が参酌された事例



Date.2011年9月30日

平成21年9月7日判決 平成23(ネ)10002(餅事件 中間判決)

・請求認容(原判決取消。被控訴人が製造,販売する「切餅」は,控訴人の特許請求の範囲の請求項1記載の発明の技術的範囲に属する。)

・越後製菓株式会社(控訴人(原告)) 対 佐藤食品工業株式会社(被控訴人(被告))

・特許法70条、技術的範囲、用語の意義の解釈、包袋禁反言

 

(経緯)

 本件は、製品「切餅」(商品名「サトウの切り餅パリッとスリット」等)を製造,販売する被控訴人(被告)の行為が、控訴人(原告)の特許権(発明の名称を「餅」とする特許第4111382号)を侵害する行為であるとして、控訴人が、被告製品の製造,譲渡等の差止め等及び損害賠償を求めた事件の控訴審である。
 原審(東京地方裁判所)は、控訴人(原告)の訴えを退け、被控訴人(被告)の「切餅」は控訴人の特許権の技術的範囲に属さないと判断し、控訴人はこれを不服として知財高裁に控訴した。

 

(主な争点)
 被告製品(被控訴人製品)が本件発明の構成要件B及びDを充足し,その技術的範囲に属するか否かである(控訴審では、均等の範囲に属するかも争われた。)

 

(本件特許に係る特許請求の範囲)

【請求項1】

 A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の

 B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,

 C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,

 D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した

E ことを特徴とする餅。

 

(本件明細書の図1、当初図面の図4)

 

(被控訴人(被告)の製品)

 

 

(裁判所の判断)

 裁判所は、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」の意義について、「①「特許請求の範囲の記載」全体の構文も含めた,通常の文言の解釈,②本件明細書の発明の詳細な説明の記載,及び③出願経過等を総合するならば」、「構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」であることを明確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」ということがある。)を設けることを除外するための記載ではない」と判断した。

 

 まず①(特許請求の範囲の記載等)について、裁判所は、「特許請求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である」と判断した。

 

 次に、②(本件明細書等の発明の詳細な説明欄の記載)について、裁判所は、「発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果として,①加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,②切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持),③均一な焼き上がり,④食べ易く,美味しい焼き上がり,が挙げられている。そして,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記①ないし④の作用効果が生ずるものと理解することができる。これに対して,発明の詳細な説明欄において,側周表面に切り込み部等を設け,更に,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を形成すると,上記作用効果が生じないなどとの説明がされた部分はない。本件明細書の記載及び図面を考慮しても,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,通常は,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが,そのような態様で載置しない場合もあり得ることから,載置状態との関係を示すため,「側周表面」を,より明確にする趣旨で付加された記載と理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない。」と判断した。

また、切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には,発明の効果を奏することがない旨の被控訴人(被告)の主張に対して、裁判所は、「本件発明は,上記のとおり,切餅の側周表面の周方向の切り込みによって,膨化による噴き出しを抑制する効果があるということを利用した発明であり焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果は,これに伴う当然の結果であるといえる。載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,そのことから直ちに,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない」と述べた。また、明細書及び図面の記載から「周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない」と述べ、「本件発明において,周方向の切り込み等による,上側の持ち上がりによる噴き出し抑制手段を採用するに当たり,載置底面又は平坦上面に切り込み等を設けるか否かについて,本件明細書に何らかの言及がされていると解する余地はない」と判断した。

 

 さらに、③(出願経過等)について、裁判所は、「本件特許に係る出願過程において,原告は,拒絶理由を解消しようとして,一度は,手続補正書を提出し,同補正に係る発明の内容に即して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明である旨の意見を述べたが審査官から,新規事項の追加に当たるとの判断が示されたため,再度補正書を提出して,前記の意見も撤回するに至ったしたがって,本件発明の構成要件Bの文言を解釈するに当たって,出願過程において,撤回した手続補正書に記載された発明に係る「特許請求の範囲」の記載の意義に関して,原告が述べた意見内容に拘束される筋合いはないむしろ,本件特許の出願過程全体をみれば原告は,撤回した補正に関連した意見陳述を除いて,切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していたのであってそのような経緯に照らすならば,」被告の「出願過程において,切餅の載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられることを述べた経緯がある旨」の主張は,採用することができないと判断した。

 そして、上記の構成要件Bの用語の解釈に基づいて、被告製品(被控訴人製品)は、構成要件B及びDを充足し、本件発明の技術的範囲に属すると判断した。一方、本件特許に無効理由があるとの被告(被控訴人)の主張(争点2)についても審理され、その結果、裁判所は「本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない」と判断した。

 

(コメント)

 控訴審(知的財産高等裁判所)、原審(東京地方裁判所)ともに、特許請求の範囲の用語の解釈について、①特許請求の範囲の記載、②明細書および図面の記載、③出願経過を検討しているが、その結論は逆のものとなった。

 ②の明細書および図面の記載について、知的財産高等裁判所は、美観に関する効果を奏するか否かで直ちに限定的に解釈されるのではないとしているのに対し、東京地方裁判所は、この効果から発明の技術的意義を導き、用語を限定的に解釈している。

 また、③の出願経過について、知的財産高等裁判所は、出願人が主張した内容を積極的に採用しているが、東京地方裁判所は用語の解釈に直ちに結びつくものではないとしている。

 このように、本事案は、内容的に微妙な事例のようである。一度した主張の撤回等、意見書が権利範囲の判断にどのように影響するか、興味深い事例である。

 

(参考:原審の判断)平成21(ワ)7718

 

 東京地方裁判所は、明細書の記載内容を検討し、その明細書の記載及び特許請求の範囲(請求項1)の記載事項を総合判断して、以下のような理由から、構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」るとの文言は,切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず,「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解釈するのが相当」であると判断した。

 

 (1)「本件発明は,「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るようにすることなどを目的とし,切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を,従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく,「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置にあるため,焼き上がった後の切り込み部位が人肌での傷跡のような忌避すべき焼き形状とならない場合が多い」などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は,切り込み部等を設ける切餅の部位が,「上側表面部の立直側面である側周表面」であることを特定するのみならず,「載置底面又は平坦上面」ではないことをも並列的に述べるもの,すなわち,切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず,「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。」と判断した。

 

 (2)控訴人(原告)の、「本件明細書記載の作用効果及び本件特許の出願経過のいずれをみても,構成要件Bについては,切餅の「側周表面」に切り込み部等を設ける必要があるが,「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けても設けなくてもよいことを規定したものと解釈すべき・・・」との主張に対し、東京地方裁判所は、

 「「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」る作用効果は,具体的には,「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置にあるため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く,膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという」作用効果を意味するのであるから(前記ア(イ)④及び⑤),載置底面又は平坦上面に切り込みが存在するか否かは本件明細書に記載された本件発明の上記効果と密接に関係することであって,これと無関係であるなどといえないことは明らかである。したがって,原告の上記主張は理由がない。」と判断した。

 さらに「原告は,本件特許の出願過程において,積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたがその主張が,平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)に係る拒絶理由によって認められなかったため,これを撤回し,主張を改めたものというべきであるから本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張しその結果,本件発明について特許すべき旨の審決がされたとの原告の主張は,その前提において失当である。

 このように,原告が主張する前記a①の点は,本件特許の出願人である原告が特許庁に提出した意見書等の中で,本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではなく,このような事情が,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈に直ちに結びつくものとはいえない。」と判断した。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110908113622.pdf

以上