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判例・実務情報

(知財高裁、特許) 進歩性を否定するためには、先行技術から出発して当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、その構成に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等が存在していたことが必要である。 平成22(行ケ)10187



Date.2011年1月18日

平成22(行ケ)10187 伸縮可撓管の移動規制装置事件 平成22年12月28日判決

・請求認容

・コスモ工機株式会社 対 特許庁長官

・特許法29条2項、進歩性、容易想到性

 

(経緯)

 原告は、「伸縮可撓管の移動規制装置」の発明に関する特許出願(特願2003-120332号、特開2004-324769号)をしたが、審査官は拒絶査定をし、これに不服の原告は、拒絶査定不服審判(不服2009-5363号事件)を請求した。

 しかし、特許庁は、進歩性の欠如を理由に拒絶審決をした。本件は、この審決の取消しを求めて原告が知財高裁に訴えを提起したものである。

 

(本件発明および引用発明)

 本件発明は、以下の通りである。

【請求項1】

 流体輸送管の途中に接続される一対の可撓継手部から成る伸縮可撓管の移動規制装置において、

前記一対の継手部はそれぞれの外周に設けられた取付片を有し、互いに摺動且つ密封可能に支持され、前記両継手部間にはタイロッドが周方向に前記取付片を介して複数架橋され、両取付片のそれぞれ内外に配設した一対の係合部材により前記タイロッドが取付片間に固定されるものであって、

 前記取付片の外側に配設した一方の係合部材は前記タイロッド端部のネジ部に螺着され、六角ナットと共に重ねて設けられる球面ナットから成るダブルナットで構成され、前記球面ナットと前記取付片との間に球面座金を介在させ、互いの凹凸球面部で摺動させると共に、前記取付片の内側に配設した他方の係合部材は前記タイロッド端部のネジ部に螺挿されるナットで構成され、前記流体輸送管に対して圧縮方向に、かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収することを特徴とする伸縮可撓管の移動規制装置。

 

 引用発明は以下の通りである。

 スリーブ2と二個のケーシング管3とが球面リング材1を介して伸縮可能、かつ、相対揺動可能に連結されている水道用の伸縮可撓管継手Aの二個のケーシング管3どうしの相対移動を阻止する阻止手段Bにおいて、

 ケーシング管3各々の外周側に複数個のボス12を等間隔で環状に配置して一体形成しており、球面リング材1とスリーブ2との間及び球面リング材1とケーシング管3との間の各々にゴム製のシールリング8、9が嵌め込まれており、二個のケーシング管3のボス12どうしに亘って、これらのケーシング管3どうしを連結する連結部材としての雄ねじ14が形成されている鋼製ロッド13を挿通し、ボス12の各々とロッド13とを二個のナット15で締め付け固定して構成されている伸縮可撓管継手Aの二個のケーシング管3どうしの相対移動を阻止する阻止手段B

 

(本件発明と引用発明の対比)

 本件発明と引用発明の相違点は2つあった。このうち、裁判所が判断したのは、下記相違点2における本件発明の構成の容易想到性である。

 

[相違点1]

 取付片の外側に配設した一方の係合部材が、本願補正発明では、『六角ナットと共に重ねて設けられる球面ナットから成るダブルナットで構成され、前記球面ナットと前記取付片との間に球面座金を介在させ、互いの凹凸球面部で摺動させる』ものであるのに対して、引用発明では、(単一の)『ナット15』である点。

 

[相違点2]

 取付片の内側に配設した他方の係合部材が、本願補正発明では、『前記流体輸送管に対して圧縮方向に、かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収する』ものであるのに対して、引用発明では、(通常の)『ナット15』である点。

 

(争点)

 争点は、取付片の内側に配設した係合部材について、引用発明の「ナット15」に代えて、引用例2記載の低強度の「ナット26A」を適用することにより、「前記流体輸送管に対して圧縮方向に、かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収する」との本願補正発明の係合部材に係る構成(相違点2に係る構成)に想到することが当業者において容易であったかである。

 

(裁判所の判断)

 引用発明は、その脆弱部を補強する補強手段が、当該脆弱部を補強している補強状態から、当該脆弱部の補強を解除する補強解除状態へ切換操作可能に設けられている点に特徴があり、運搬中や配管施工中においては、補強状態とすることによって、配管相互の相対移動を阻止することができ、施工後においては、補強解除状態へ切り換えることによって、わずかな衝撃力を受けただけでもその脆弱部(実施例の場合には切欠部16を有するロッド13)が破壊させることにより、外力を吸収させるものであった。

 

 一方、本件発明は、「取付片の内側に配設される係合部材(タイロッド端部のネジ部に螺挿されるナット30)が圧縮方向の異常荷重を受けたときに、内側の係合部材のみを変形又は破損させることによってその異常荷重を吸収して、タイロッド自体が変形又は破損しないようにする」ものであった。

 即ち、本件発明は、引用発明と異なり、タイロッドに脆弱部を設けた上、脆弱部について、補強状態から補強解除状態への切換操作を可能とするとの構成を前提としていないものであった。

 

 そのため、裁判所は、以下の通り、本件発明と引用発明とは、発明の技術的思想が異なると判断した。

 

「引用発明においては、補強状態から補強解除状態への切換操作が可能であるとの特徴的構成を有し、配管施工後の補強解除状態において、異常荷重によってタイロッド自体を破壊させることによって、配管の相対移動を確保させている。これに対し、本願補正発明においては、タイロッドを補強する手段を設けることの記載はなく、運搬時及び配管施工後において、異常荷重を受けた場合には、取付片内側の低強度ナットの外力吸収機能を用いることによって、タイロッド自体の破損等は防止され、その維持されたタイロッド自体の外力吸収機能によって、更なる異常荷重を受けた場合であっても、伸縮可撓管又は配管自体の損傷を防止させることを目的としている。このように、引用発明と本願補正発明とは、発明の技術的思想、すなわち発明における解決課題及び課題解決手段を異にする。」

 

 その結果、裁判所は、「そうすると、たとえ地中に埋設する流体輸送管や管継手等には地震や地盤沈下などによって変形や破損を引き起こすような大きな圧縮力に対する対応を図ることが課題として周知であり、かつ、低強度ナットに係る技術的事項が周知の技術であったとしても、引用例(刊行物1)に、審決が引用した先行技術である引用発明から出発して相違点2に係る本願補正発明の構成に到達するためにしたはずであるという示唆等が記載されていたと解することはできない。」と判示した。

 

 一方、被告は、引用例1には、「筒状体どうしを相対移動させようとする外力で破壊可能な脆弱部は、阻止手段を構成する部材の一部を他の部材よりも強度的に弱い材料で製作して構成しても良い。」(【0040】)等との記載があったことから、この記載内容を根拠に、「阻止手段を構成する上記3種の部材、すなわち「ボス12」、「鋼製ロッド13」及び「二個のナット15」のうちのいずれかを脆弱部とすることを示唆するものであって、このうち「二個のナット15」の更に内側のナット1つを脆弱部とすることを直接示唆するものではないとしても、刊行物2に記載された脆弱部の構成を適用することについての阻害要因にはならない」と主張した。

 

 しかし、知財高裁は、上記の被告の主張は採用の限りでないと判断した。

 

 「引用発明は、補強状態から補強解除状態への切換操作が可能であるという第1の特徴的構成を有することを前提として、配管施工後においては、衝撃力を受けただけでタイロッド自体を破壊させることによって、配管の相互移動を自由にさせる発明であるのに対して、本願発明は、補強状態の切換操作の構成を有さず、タイロッド自体が一定範囲内の異常荷重を受けても破損しないようにすることを解決課題とするものであって、両者は、発明の解決課題の設定及び解決手段において、技術思想を異にすることにする。刊行物1の実施例には、切欠部16が示されているように、ロッド13自体を容易に破壊させるようにして、配管どうしが自由に相対移動できるようにさせるという課題を解決する発明のみが開示されていることに照らすならば、ロッド自体を破壊させる技術的思想と相反する目的で脆弱部を設ける技術的事項の開示はないと解するのが合理的である。したがって、被告の主張に係る段落【0040】の記載は、上記の解決課題及び解決手段の範囲における「ロッドに切欠部16を設ける代わりに、阻止手段を構成するロッドの一部を強度的に弱い材料とすることで脆弱部の部分を構成しても良い。」という技術を示しているに止まり、刊行物1に開示された全体の趣旨と離れて、ロッド以外の部分に脆弱部を設ける技術を示唆しているものではない。

 特許法29条2項への該当性を肯定するためには、先行技術から出発して当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく、当該発明の相違点に係る構成に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要であるというべきところ、刊行物1の段落【0040】の記載は、刊行物2に記載された技術を適用することについて、「相違点に係る構成に到達したはずであるという程度の示唆等」を含む記載ということはできない。」

 

 その結果、本件に於いては、審決における相違点2に関する構成の容易想到性の判断には誤りがあるとして、当該審決を取り消した。

 

 欧州で確立したケースローとなっている、いわゆるcould-wouldアプローチは、当業者が最も近い従来技術から本願発明に到達することができたであろう(could)か否かではなく、当業者が客観的課題を解決するという期待を持ってそれをしただろう(would)か否かを基準にして進歩性の有無を判断するものである。

 本件は、上記の下線部にある通り、このcould-wouldアプローチをさらに一歩進め、「したはずである(should)」というレベルまで示唆等の存在を求めたものといえる。この判断手法は、知財高裁第3部において、平成20(行ケ)10096(回路接続用部材事件)で最初に示されたものであるが、この手法による容易想到性の判断はすでに多数にのぼっている(例えば、平成20(行ケ)10153、平成20(行ケ)10261、平成21(行ケ)10223、平成21(行ケ)10268、平成21(行ケ)10293、平成21(行ケ)10036など)。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101228153609.pdf