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判例・実務情報

(知財高裁、特許) 鋼組成や製造方法が引用発明と同等であっても、本願発明の相違点に係る構成は容易想到でないとして進歩性が肯定された事例。



Date.2011年1月25日

平成21(行ケ)10366 耐疲労特性に優れた高強度無方向性電磁鋼板とその製造法事件 平成22年12月06日判決

 

・請求認容

・住友金属工業株式会社 対 特許庁長官

・特許法29条2項、進歩性、容易想到性

 

(経緯)

 原告の住友金属工業株式会社は、「耐疲労特性に優れた高強度無方向性電磁鋼板とその製造法」に関する発明について特許出願したが(特願2000-51861号)、拒絶査定を受けたので、不服審判請求をした(不服2007-26326号)。しかし、特許庁は、進歩性の欠如を理由として、請求不成立審決をした。本件は、その取消しを求めた事件である。

 

(本願発明および引用発明)

 ・本願発明は下記の通りである。

【請求項1】

 質量%で、C:0.01%以下、Si:0.3%以上2.9%以下、Mn:2.0%以下、S:0.001%以上0.01%以下、酸可溶Al:0.7%以上3.0%以下、P:0.1%以下、N:0.0050%以下、残部Feおよび不可避不純物より成る鋼組成を有し、下記式(1)~(3)を満たすことを特徴とする無方向性電磁鋼板。

 Sieq*σw/τ≧4.0・・・・・(1)

 σw≧350・・・・・(2)

 τ≦95 ・・・・・(3)

 ただし、Sieq=Si+酸可溶Al+1/2Mn(すべてSi、Al、Mnはそれぞれの化学成分の質量%)、σwは表面コーティングおよび打ち抜き加工後の疲労限(MPa)、τはフェライト結晶粒径(μm)である。

 

 ・引用発明(特開平11-310857号公報)は下記の通りである。

 重量%で、C:0.002%、Si:3.1%、Mn:0.9%、P:0.07%、S:0.001%、sol.Al:0.80%、残部Feおよび不可避不純物より成る鋼組

成を有する無方向性電磁鋼板。

 

 ・本願発明と引用発明の相違点

 (1) 相違点1

 本願発明が『Si:0.3%以上2.9%以下』を含むのに対し、引用発明のSi量は3.1%である点。

 (2) 相違点2

 本願発明が『N:0.0050%以下』に限定するのに対し、引用発明のN量が不明な点。

 (3) 相違点3

 本願発明が『下記式(1)~(3)を満たすことを特徴とする無方向性電磁鋼板。

 Sieq*σw/τ≧4.0・・・・・(1)

 σw≧350・・・・・(2)

 τ≦95 ・・・・・(3)

 ただし、Sieq=Si+酸可溶Al+1/2Mn(すべてSi、Al、Mnはそれぞれの化学成分の質量%)、σwは表面コーティングおよび打ち抜き加工後の疲労限(MPa)、τはフェライト結晶粒径(μm)である。』のに対し、引用発明が式(1)~(3)を満たすか不明な点。

 

(争点)

 主な争点は、審決における相違点1および3の容易想到性の判断には誤りがあるか否かである。

 

(裁判所の判断)

 (1) 相違点1に係る構成の容易想到性

 相違点1に係る構成の容易想到性に関し、審決は、引用例に、Siが鉄損低減作用をもつ反面、磁束密度や打ち抜き加工性を損なうことに加え、Mnとsol.Alが同様の作用をもつことが記載されていることを挙げ、Siを0.3%以上2.9%以下の範囲内に減量し、Mnを2.0%以下、sol.Alを0.7%以上3.0%以下の範囲内で増量して、相違点1を解消することは、当業者が容易になし得た等価成分間の含有量調整であると判断した。

 

 この審決の判断に対し、知財高裁は、引用例の記載は、「鋼中に含まれるSi成分、Mn成分、酸可溶Al成分が、鋼の特性に対して発揮する定性的な性格、すなわち質的な性格が概ね一致し、各含有率の上限を4%とすべきであるとする趣旨に止まるものであって、とりわけ鋼中にSi、Mn、酸可溶Alの3成分を同時に含有させた場合の、各成分の増減によって当該鋼の特性にどのような影響が生じるかについては、法則ないし基準を何ら示すものではない」とした。

 

 また、被告は、新たに証拠として提出した周知例に基づき、電磁鋼板の打ち抜き加工性が、鋼材組織に依存し、打ち抜き後の鋼材疲労特性に影響することは自明であり、鋼材中の各成分の打ち抜き加工性に対する作用が等価であれば、結晶粒径や疲労限に対する作用も等価であると解することに格別の困難性はないこと、Si及びAlは電磁鋼板の結晶粒径や疲労限に対して等価成分として周知であり、引用発明の電磁鋼板において、各成分の含有量調整を行って相違点1を解消することは、当業者が容易になし得た等価成分間の含有量調整にすぎないと主張した。

 

 しかし、知財高裁は、仮に鋼材中のある成分が他の成分との関係で当該鋼板の打ち抜き加工特性に対する作用が概ね等しいからといって、(平均)結晶粒径に対する作用や打ち抜き加工後の鋼板の疲労強度特性に対する作用が定量的にも概ね等しくなるかは不明であり、Si及びAl各含有率の合計と当該電磁鋼板の打ち抜き加工性、打ち抜き加工後の疲労強度特性との関係や、更に、Mnを含有させた場合に、鋼中のSi及びAlの各含有率にMnの含有率を加えた合計と電磁鋼板との疲労強度特性との間の関係についても開示がないなどと指摘。

 その結果、本願発明の出願日当時、引用発明の構成から、相違点1に係る構成に想到することは、当業者が容易になし得たものではないと判断した。

 

 (2) 相違点3に係る構成の容易想到性

 相違点3に係る構成の容易想到性に関し、審決は、鋼組成と製造方法が同等であれば、通常得られる鋼組織や物性も同等のものとなることから、引用発明は、そのSieq値や仕上げ焼鈍温度等からみて、フェライト結晶粒径や疲労限が、引用発明と同等であり、上記式(1)~(3)を満たすと判断した。

 

 この審決の判断に対し、知財高裁は、「引用発明の電磁鋼板中のSi、Al、Mnの各含有成分の含有率を調整して相違点1を解消することは当業者において容易な事項ではなかったから、鋼組成を同等のものとすること自体も容易ではなかったし、例えば熱間圧延時の圧延率を数%変更するだけでも電磁鋼板の平均結晶粒径が増減すること(引用例の段落【0063】、表4)にも照らせば、製造方法の調整の余地が小さくなく、得られる鋼組織や鋼の物性が同等になるか否かは必ずしも明らかでない。」と判断した。

 その結果、相違点3に係る構成の容易想到性の判断についても誤りであるとした。

 

 引用例や周知例には、鋼中にSi、Mn、酸可溶Alの3成分を、所定量、同時に含有させることと、それにより磁気特性の劣化を防止しつつ、耐疲労特性を向上させることとの関係について、明確な開示がなかった。そのため、引用例は、相違点1、3に係る構成が容易想到であると結論づける明確な根拠となり得ず、進歩性を肯定する結論を導く結果になったものと思われる。

 

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101208104253.pdf