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判例・実務情報

(知財高裁、特許) 阻害要因の存在が認められ、進歩性が肯定された事例



Date.2011年1月14日

平成22(行ケ)10104 洗浄剤組成物事件 平成22年11月10日判決

 ・請求認容

 ・昭和電工株式会社 対 Y

 ・特許法29条2項、進歩性、阻害要因、動機付け、技術分野の共通性、容易想到

 

(経緯)

 原告の昭和電工株式会社は,「洗浄剤組成物」の特許発明(特許第4114820号)に関する特許権者である。この本件特許に対し、被告は、進歩性の欠如を理由に無効審判を特許庁に請求した。

 特許庁は、本件発明が引用例1及び2(引用例1:特開昭50-3979号公報、引用例2:ドイツ国特許公開公報第4240695号)に記載された発明並びに周知例1ないし3(周知例1:特開平7-238299号公報、周知例2:特開昭59-133382号公報、周知例3:特表平5-502683号公報)に記載された周知技術などに基づいて,本件発明は当業者が容易に想到し得るものであり、進歩性なしとして無効審決をした。

 

(本件発明および引用発明)

 ・本件発明は以下の通りである。

 

 本件発明1

 水酸化ナトリウム,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類,及びグリコール酸ナトリウムを含有し,水酸化ナトリウムの配合量が組成物の0.1~40重量%であることを特徴とする洗浄剤組成物。

 

 本件発明2

 水酸化ナトリウムを5~30重量%,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類を1~20重量%,グリコール酸ナトリウムをアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類1重量部に対して0.1~0.3重量部含有する請求項1記載の洗浄剤組成物。

 

 ・引用例1に記載の発明(引用発明1)は以下の通りである。

 モノクロル酢酸とアミノジカルボン酸であるグルタミン酸のジナトリウム塩とをアルカリ性水性媒体中で反応させることによりアミノジカルボン酸のアミノ基の窒素にカルボキシメチル基を結合させて得られるN,N-ビス(カルボキシメチル)グルタミン酸のナトリウム塩60重量%と,二次的反応により生成するグリコール酸ナトリウムを12重量%含有する無毒性,非汚染性かつ生物学的易分解性の金属イオン封鎖剤組成物。

 

(本件発明と引用発明の対比)

 ・本件発明1と引用発明1との相違点は、以下の通りである。

 相違点1:本件発明1が「洗浄剤組成物」であるのに対し,引用発明1は「金属イオン封鎖剤組成物」である点

 相違点2:本件発明1が,水酸化ナトリウムを含有し,「水酸化ナトリウムの配合量が組成物の0.1~40重量%」と規定されているのに対し,引用発明1は,水酸化ナトリウムを含有することについて規定されていない点

 

 ・本件発明2と引用発明1との相違点は、以下の通りである。

 相違点1’:本件発明2が「洗浄剤組成物」であるのに対し,引用発明1は「金属イオン封鎖剤組成物」である点

 相違点2’:本件発明2が,水酸化ナトリウムを含有し,「水酸化ナトリウムの配合量が5~30重量%,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸塩類を1~20重量%含有する」と規定されているのに対し,引用発明1は,水酸化ナトリウムを含有することについて規定されておらず,しかもグルタミン酸二酢酸塩類が60重量%である点

 

(争点)

 主な争点は、相違点2および2’についての審決の判断に誤りがあったか否かであった。

 

(裁判所の判断)

 審決は、引用発明1に引用発明2を適用することにより、相違点2、2’は容易想到であると判断している。

 先ず、引用発明1に引用発明2を適用することの当否に関し、裁判所は引用発明1と引用発明2の技術分野は共通すると判断している。

 

「引用発明1と引用発明2とその技術分野をみてみると,引用例1には,金属イオン封鎖剤組成物をその金属イオン封鎖組成物が硬表面に付着した汚れ自体に作用して洗浄する旨の記載はないのに対し,引用発明2は,アルカリと錯体形成剤とを硬表面の洗浄のための有効成分として用いるものであるとの違いがあるが,・・・金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物を硬表面の洗浄のための有効成分として用いることは周知技術であるということができるものであるから,引用発明1も,洗浄作用という技術分野に係る発明であって,引用発明2と技術分野を同じくするものということができる。」

 

 更に、裁判所は、引用発明1に引用発明2を組み合わせて、引用発明1の金属イオン封鎖剤に水酸化ナトリウムを加えることは、当業者に容易想到であるという点も認めている。

 しかし、引用例1には、モノクロル酢酸が、水酸化ナトリウムによる加水分解により、グリコール酸ナトリウムを生成する反応が起こらないようにすることが必要であると開示されていた。

 一方、本件発明1および2は、グリコール酸ナトリウムを必須の組成物とするものであった。

 このため、裁判所は、引用発明1に引用発明2を適用しても、引用例1にはグリコール酸ナトリウムの生成反応が起こらない様にする必要がある点において、阻害要因が存在すると判断した。

 その結果、引用発明1に引用発明2を組み合わせることは、当業者に容易想到でないと判示した。

 

「しかしながら,引用発明2は,グリコール酸ナトリウムを組成物とする金属イオン封鎖剤組成物の発明ではなく,また,引用発明1も,その発明に係る金属イオン封鎖剤組成物には,グリコール酸ナトリウムが含まれているとはいえ,前記(1)ウのとおり,当該金属イオン封鎖剤組成物にとって,グリコール酸ナトリウムは必須の組成物ではなく,かえって,その必要がない組成物にすぎないのである。

 そうすると、一般的に,金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物を硬表面の洗浄のための有効成分として用いることとし,その際に引用発明1に引用発明2を組み合わせて引用発明1の金属イオン封鎖剤に水酸化ナトリウムを加えることまでは当業者にとって容易に想到し得るとしても、引用発明1の金属イオン封鎖剤組成物にとって必須の組成物でないとされるグリコール酸ナトリウムを含んだまま,これに水酸化ナトリウムを加えるのは,引用例1にグリコール酸ナトリウムを生成する反応式(2)の反応が起こらないようにする必要があると記載されているのであるから,阻害要因があるといわざるを得ず,その阻害要因が解消されない限り,そもそも引用発明1に引用発明2を組み合わせる動機付けもないというべきであって,その組合せが当業者にとって容易想到であったということはできない。

 

(判決文) http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101111114300.pdf